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私の通った高校のある山口県萩市は知る人ぞ知る古い伝統ある陶器・萩焼の町であるが、藩主毛利輝元によって招致・厚遇された朝鮮人陶工らは、人間国宝・11代三輪休雪のようにいまも綿々と続く大陶芸家の宗主家として尊敬されている。一昔前は私も左翼思想に染まって「どうせ『招致』じゃなく『拉致』して来たんだろう」くらいに思っていた。が、呉氏のいうように韓国では「技術者」「工芸家」などが軽蔑されているということを知ってから、作家が作品一つ一つに「伝統の技」と「魂」を込め、そのことに誇りを持つという伝統がある日本で才能を遺憾なく発揮した陶工たちは、むしろ幸せだったかもしれないと思うようになった。日本では庶民に至るまでそういう素地があったからこそ、世界の『技術大国』として認知されるまでになったのだと思う。そうではないからと韓国を馬鹿にするのではない。「日本にはこういういいところもある」「これが日本人のやり方・考え方だ」と自信を持つことは卑屈でない対等の国際関係を目指すものにとって基本的姿勢であるべきだろうと思うのだ。
本書の中で最も印象的だったのは、ライフルを持って立て籠もった犯罪者の投降を呼びかけるために犯人の母親が呼び出されて拡声器から自分の息子に呼びかけることへの感想だ(176頁)。日本では良く行われていることだが、著者が、「韓国ではこのような母親の行動は絶対と言ってよいほど起こらない」と言い、「いいようのない怒りがこみ上げて来る」と書いているのには、びっくりした。著者は「社会では悪くとも自分いとって悪い子であるわけがない」と言っている。儒教精神が韓国の方が日本より強いこと(論語には「親は子のために隠し、子は親のために隠す」とある)、および日本の母親の影響力の強さから来ることなのだろうが、このパラグラフを読むまで私は母親による説得はてっきり全世界で行われているとばかり思っていた。
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