死刑制度の映画、在日朝鮮人の映画、そんな面‘だけ’でこの映画を評価してしまうのは一面的だとおもう。
この映画の発端は、『手順に落ち度はないのになぜか絞首刑(タイトルは絞死刑だが)が失敗しショックで心神喪失状態(記憶を失う)に陥ったため刑の執行が出来なくなる』というもの。素晴らしい着想である。
特に素晴らしいのは心神喪失状態から戻すため職員が奮闘するところ。
死刑囚の生い立ちや犯罪を‘職員の寸劇’で再現してみせる最高にコミカルで気味の悪いシーン。
『死刑を執行する為に』本人の『心』を生き返らす…これをコメディで表現するのだ。(俳優は皆、見事な怪演で魅せるが特に渡辺文雄が凄い。)
ほぼ全編にこのブラックな笑いがちりばめられている。大島映画でもっとも大笑いできる映画だ。(『帰ってきたヨッパライ』は笑えないし)
当初この映画の企画は実際に起きた殺人事件の経過に沿って進む映画だったらしい、が低予算もあり変更されたという。
この『死刑にする為に生き返らせる』と『死刑場での一日だけで映画を完結させる』いう着想が浮かんだ時点で成功は約束されたといえる。
純粋に独創性的なブラックコメディの傑作だ。ここを押えておきたい。
そして、テーマ等についてですが…
死刑制度の問題、在日朝鮮人の問題、国家と権力の問題…大島渚の映画(特にこの時期)はとても政治的だが本作は『日本の夜と霧』(←超傑作)と並びもっとも先鋭的といえる。本作を観て政治的な感想を持たないことは(逆に)難しいかもしれない。
人によっては本作で述べられた主張(?)に同意できないだろう。それは、仕方がないかもしれない。
とくに在日朝鮮人に関する部分は本作制作時と現代(2012年現在)では状況が一変しており当時とまったく別の感想を持つ可能性もある。そのほかの主張についても映画のなかでは混乱したまま強引に主張しているように感じられる部分も確かにあり、多くの反発を生む部分かもしれない。
そうかもしれない…。
それでも(意見の相違はあっても)、この映画の優れた部分を全て否定することは出来ない。
それにこの映画での主張は一つだけではないのだ。(各主張について丁寧に観て欲しい。賛否はともかく)
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どの記事も読み応えあるが、特に驚いたのは本作の企画は当初『犯行に至った犯人の内面を描くことを主題としていて完成作品のように死刑場でのドタバタを描く予定はなかった』ことだろうか。(犯人が妹達と空想の散歩に行く場面などに代表される)。
どうしても、独創的な物語の構造や主張に目が行ってしまうが、そういった視点で観ると、また別の優れた面が見えてくるように思う。(そこに作者が当初狙っていた‘最大のテーマ’が隠されているのだ)
本作はカンヌに出品され高い評価を得た。その後も海外の映画祭でたびたび上映されたという。
大島渚が世界のオーシマになる出発点となった。
この複雑さ、完成度、独創性…さもありなん。
必見の一本。