この本に2つの目的があります。第一は、見事なまでに現在の低迷の原因(1980年代後半の過度な円高)を把握することに失敗しており、結果として的確な処方箋の呈示できない現在の経済学者の否定です。否定の仕方は鋭いものです。自明なものがない中で、それぞれの聖典の制度化と神格化に呪縛され、近視眼的な知性の殻に閉じこもり、意味のある政策論議を呈示できない経済学はまさに神学です。潜在成長率の定義上の論理的な無意味さ、その精緻な算定作業自体の無駄な循環性、原因と結果の因果関係を把握できない無能さ、既存の経済学の非科学性が完膚なきまでに指摘されます。神学上の教義にとらわれて、まともな政策論は存在せず、無意味な標語(無駄の排除と規制緩和)の乱発に終わっているというわけです。
第二は、呈示される政策の見事なまでの政治性です。神学上の教義論争にかかわりを持たない著者は、どの選択も絶望的なペイオフしかもたらさない状況の中で、手段と目的のバランス、現状の選択肢のコストとリターンの計算から、一群の工程表を呈示します。この工程表はリアリスティックなものです。この政治的な選択肢は、再生の不可能性への覚悟とあきらめの拒絶に基づいたものです。この程度のプログラムさえ提示できずに、仲間内での神学論争に労力を費やしている経済学者たち、どこか根本のところでずれています。