この本のことは知りませんでしたが、日頃から経済成長一辺倒主義の現状に疑問を持っ
ていた私としては、ビジネスの最前線の現場にいる人からの、現在の経済システムの
異常性を真正面から指摘する鋭い批判に、おおいに共感しました。
本書における著者の思考の背後にあるのは、秋葉原事件への言及からも窺えるように、
その当事者性であると思われます。現在メディアで目にする社会問題への言説の多くは、
自分とは関係のない理解不能な出来事であり、自分たちとは隔離する方向での対処が要
求されており、著者はそこに疑問を感じているようです。
著者は、ビジネスの現場で自分の感じた、今世紀初めの価値観の変化の原因を突き詰める
ところから、欲望を無条件に肯定する社会の帰結としての、世界的金融危機と秋葉原事
件という、身近で、しかし感覚的には遠い現象にまつわるあれこれを思索します。
それらの出来事の因果関係は、短絡的に結びつけられませんが、同じ時代背景の何かを
共有しているように見てとれます。
誰かの強欲でも、異常性でもなく、自分の欲望や、自分が日々平常でいられる偶然性に
ついて想いを至らせる、そんな自覚を持って欲しいと著者は願っているようです。
その中で著者の言う、現在の少子化による人口減少は経済成長の結果であり、むしろ
適正化されているのではないか、よって、経済成長のために少子化を防ぐという考えは
本末転倒ではないかという疑問は、一見突拍子もないように聴こえますが、頭から否定
はできないように思えます。
もしそうであるならば、著者も言うように、政府の取るべき政策は無意味な少子化対策
ではなく、人口減少社会に即した環境整備を行うこととなってきます。
著者は、政府が経済成長に固執する原因を、昨今の若さへの過剰な固執と重ねて見てい
ますが、確かにそのような面は否定できないと思います。
私はそれに加えて、高齢社会を支えるための労働力の確保や、自分たちの生活レベル維
持のためという、どこまでも自分たち本意の思想が全面に出すぎている気がしてなりません。
これらも人間の正直な気持ちとして否定はできませんが、労働力としてしか期待されな
い子どもや母親たちが、それを拒否するのは当然のことに思えます。
かつての、「女は生む機械」発言への激しい反発も、背後にこのような意識があったの
ではないかと思われます。
そもそも、少子化と経済成長を短絡的に結びつけるのも、疑問の残るところではあります。
本書は、タイトルと内容のズレがある気もしますが、将来像の見えない現代の問題を
考える上で、様々な示唆を与えくれる優れた本だと思われます。