第1章で語られる「タイタニック現実主義」というたとえが、著者の現状に対する憂いをよく表している。もし、エンジンを止めたら仕事が無くなるから非現実的だとして、目の前の氷山に突き進むタイタニック号があったとしたらどうだろうか。環境問題、南北問題がなかなか改善されないこと、しかし実際には多くの人々がその原因には気付いていることを考えると、この世はまさにタイタニック号であるのかもしれない。第4章の「ゼロ成長を歓迎する」では、ゼロ成長を「エンジンの故障」ではなく機会ととらえ、経済以外の価値を発展させていく「対抗発展」が説かれる。
たとえば平和を口にする人間が理想主義者として嘲笑される。著者の憂慮するそんな傾向は確かにあるようだ。しかしそこで一歩進んで、現実的に考えよと説く人々にとっての「現実」を分析してみると、必ずしも大多数の人間にとっての幸福にはつながらない、つまり現実的ではない点も多いことがわかる。本書のターゲットは、主に漠然とした危機感を抱いている人々であるというが、むしろ自分は現実主義者であると自負する人こそ、本書に目を通してみるべきかも知れない。そこに生まれる論議こそ、実りあるものではないだろうか。(工藤 渉) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
登録情報
|
例えば、軍隊と戦争について。一般には自国を守るために軍隊が存在すると考えているが、二十世紀に実際に起きたことは、国家間の戦争ではなく、国家と自国民との間の戦争(クーデターや内戦)による死者、特に非戦闘員の死者(民殺による死者)が圧倒的に多いという事実である。ランメルの統計によると、戦争による戦死者は3400万人に対し、民殺による死者は1億6920万人である。日本と同じ平和憲法を持ち軍隊を持たない中南米の小国コスタ・リカは、軍事クーデターを避けるために軍隊を持っていない。
また、経済発展はイデオロギーであって、アメリカの大統領トルーマンの、1949年1月20日の就任演説で、発表されたものである。未開発の国々に対して技術的、経済的援助を行い、そして投資をして発展させるという政策です。これにより、赤道直下の国でも電気製品が当たり前となり、生活は便利になったけれど、電化製品が必需品になる(買わないと生活できない)状況を造り出した。彼等は電化製品を買うために働かざるを得なくなり、継続的な(目に見えない)搾取が可能になった。
著者はこれらの状況に対し、経済成長ゼロでも豊かになる「対抗発展」という概念を提示している。そして、対抗発展の目標として次の二つを挙げている。
・ エネルギー消費や労働時間などを減らす発展
・ 経済以外の価値のあるもの(行動、文化、経済活動以外の人間の活動)を発展させる。
対抗発展において一番重要なポイントは、変わるべき地域が、南ではなく、北の国々である、ということである。
本書の内容は、極端な見方であると感じる部分もあるが、世の中の常識を違った見方から見つめ直してみる機会を与えてくれる本である。
また、経済発展については、1949年のトルーマン大統領就任演説以来イデオロギーとなったこと、第2次世界大戦終結により投資先を必要としていた米国が、非西洋=未開発として自然及び文化破壊と搾取に他ならない「発展」に乗り出したこと、「経済発展」の結果人々は労働を強制されており、余暇を必要条件とする民主主義の弊害となっていることなどを明らかにしている。そして、日本のゼロ成長という状況はむしろ人間的な豊かさを取り戻すチャンスであるとして、「対抗発展」というアイデアを提言している。経済成長からの脱却という考えをもつ者としては、同様の考え方を提示している論者をまた一人見出せて勇気づけられる本である。
|
|
|