経哲草稿は資本論やゴータ綱領批判などマルクスの著名な論文を既に読みこんでいる人にとっても読みづらい。
その理由としては、その名の通り下書きであること、フォイエルバッハやヘーゲルの影響を色濃く受けた初期の著作であることが挙げられます。
要するにメモの集まりのため読んでいくと所々矛盾する箇所が出てくる上、言い回しがやたら哲学(ヘーゲル、フォイエルバッハ)的で余計ややこしく感じるのです。
この著作の種々の要素は後期のマルクスへと多く引き継がれているのでそれらに気をつければ比較的容易に読むことができますが、ある時にはヘーゲルを、またある時にはフォイエルバッハを言い換えただけのものなども多く見受けられるため、やはり読む際には注意が必要です。
幸いなことに岩波文庫版の訳注はフォイエルバッハらの著作から多く引用を行っているのでそのものを読まなくても大まかに理解できるようになっています。
経哲の「読み方」は色々あると思いますが、とりあえずはマルクスがどのようにして「資本論のマルクス」となったかを理解するための一助として読めばいいと思います。
なお、草稿がマルクス主義者においてどのような意義を持ったかに関しては、アルチュセールの『マルクスのために』に収録されている『フォイエルバハの「哲学的宣言」』と『若きマルクスについて』を読むとより理解が深まるでしょう。
フォイエルバッハ論も読んでおくと色々な発見があるかもしれません。