複数の目的と動機が絡みあう人間社会の解剖学たる経済学は、古典なしに語りえない。スミス、ケインズ、ハイエクら著名な人物の古典30冊を選抜し、現在的意義も含めて彼らの思想と理論を解説する卓抜の好著が誕生した。精彩に富む知的作品だ。グローバル化の時代下、経済学の古典がいかなる役割を担っているかという興味関心をもつ読者に対し、本書は格好の手引きとなろう。紹介される30冊は著者の経済学観を反映し、挑戦すべき問題群は多岐に及ぶが、とりわけ次の着眼が傾聴に値する。
1つは、金融・資産市場の不安定性。不確実な将来における人間心理(確信・不安)と貨幣保有との有機的連関を深く省察したケインズの理論がそれを鮮明に描いている。資本主義を「市場」経済というより「貨幣」経済と把握すれば、貨幣をめぐる社会心理の「揺れ」にその不安定性の主因を見出せる。景気循環の根源を生産側の実物的なイノベーションに帰結させたシュンペーターの見解とは鋭く対峙する。もう1つは消費社会の変容。商品の特質は、企業と「差異(化)」そのものに価値をもとめる消費者間で創出されるイメージや個性に内在するとみなす、ドラッカーやボードリヤールらの洞察である。現代経済社会の駆動力として、人間の内省とそれが重なりあう社会心理との相互作用を重視する側面で2つは交わる。
成長から停滞、物質面から精神面へのシフトが現実味を増しつつある昨今、リストの「精神的国民資本」やJ・S・ミルの「精神的成熟」をめざす学説はかえって新鮮で、これからの座標軸を確立すべく一契機とならないか。市場・貨幣、自由・平等、所有・統治、正義・福祉など、歴史的重みをもつ相関諸概念の再吟味も欠かせない。それらは未来に向けて常に鍛え直されるべきものだ。総じて古典は人格形成の貴重なファンデーションである。経済学の古典をめぐる壮大な「歴史的時間」の旅は、「覚醒」の旅となろう。本書の多様なドラマが読者をいざなう。
応用編である著者の最新作『金融危機はなぜ起きたか?』(新書館)との併読も推奨したい。