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5つ星のうち 4.0
文化論と共同体論と,
By amazon "amazon" (amazon) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 経済の誕生―富と異人のフォークロア (単行本)
30年前の本になってしまうが、古代と近世の中間の「中世」を、非市場経済から市場経済への転化と重ね合わせる。そこで「日本文化」の二重性がそうした変化を促進したとみている。だが、「正史」に書かれている記述はともかく「二重」文化のみとすると二つの大規模共同体が「日本国家」を構成してしることになってしまうが、ここで語られている「非市場経済」共同体の規模からすればそうではなく、多数の共同体が次々とのみこまれてゆく過程である、とみえる。 ここでは過度の二元論に陥っていて、ここでいう非市場経済あるいは市場交換を外部化した共同体は、おおざっぱに切られ過ぎている。つまり共同体とは何かを定義するために文化や歴史を参照するのだが、逆に所与のものになってしまい市場経済化、近代国家化にいたる過程としてのみ切り取られているにすぎなくなってしまっている。 一つの「日本文化」とするからそうなるのであって、多様な分散した文化的共同体があるとすればよいのだ。 栗本自身まったく別の実証的な角度から「弥生時代は曖昧である」として、縄文と弥生の二元性に還元されるような議論を後に修正している『シリウスの都飛鳥』が、ここでは歴史学自体の概念の曖昧さ(日本、国家、中世、等々...)に引っ張られているように見える。 つまり、新たに定義しようとしている筈の概念が既存の枠組みに引き戻されてしまっている。 しかし、このような歴史(学)における「近代的」諸概念の相対化は、フーコーを待つまで相対化しえず、そのためにはフーコーの全貌が明らかになりつつある現在を待たねばならなかったのだともいえる。栗本自身ポスト構造主義はフーコーを越えておらず、実際には構造主義(ここではフーコー)を深める形でしか進んでいかない筈だといっている『加速する変容』。 著者自身、経済人類学の真価は21世紀からの世界の変化を経なければ理解されないだろうといっていた『大転換の予兆』。一般的にいえば、概念と制度はセットであるから、近代社会の諸制度の変質・崩壊をまたねばならないということであろう。
7 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
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これはもはや現代の古典だと思う,
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レビュー対象商品: 経済の誕生―富と異人のフォークロア (単行本)
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