時代的制約からボルシェヴィズム等に対する過度の楽観論が散見されるが、本書はウィーン生まれのハンガリー系経済人類学者、カール・ポランニー(Karl Polanyi,1886-1964)の重要と思われる10編の論攷をまとめたものである。同書は、まさに「ポランニーの仕事のエッセンスともいえる論文をほぼ網羅しており」(佐藤光氏の「解説」)、ポランニーの業績を理解する上での「とば口」として意義ある書物となっている。
現下においては「資本主義市場経済」体制が“我が世の春”を謳歌しているけれども、このシステムを考究する場合、当書に掲載されている「自己調整的市場と擬制商品−労働、土地、貨幣」(1944年)などの論稿は、“井底之蛙”とならぬためにも一度は眼を通しておくべきであろうと考える。実際、「市場経済の急速な発展こそが、資本主義という建築物の拡大を支える基礎」(F.ブローデル)なのだから。
ここで労働、土地、貨幣という「擬制商品」との関連で、これら三大生産要素の「市場化限界論」を展開する金子勝氏のポランニー批判であるが、たとえば氏は要素市場における“(国民)国家の(政治)権力的作用”の視点が欠けているとする(『市場と制度の政治経済学』)。確かに、ブローデルが語るごとく「資本主義は、それが国家と一体化するとき、それが国家であるときのみ、栄える」(『歴史入門』)のだ。
だが、ポランニーは前掲の論文で「規制と市場は連れだって発達」し、「市場経済の根底にある特異な諸前提」として「国家とその政策(=市場の自己調整を保障するのを助ける政策)」の問題にも明示的に触れており、そのことは保守派の論客、佐伯啓思氏も認めているところである(『現代日本のリベラリズム』)。私には、金子氏の前述のようなポランニー批判はあまり当を得ていないように思われてならない。