ブルース・ヘンダーソンが1976年に発表した「3と4の法則」とは、「安定した競争市場には3社を超える主要競合企業が存在することはなく、そのうちの最大の企業は最小の企業の4倍を超えるシェアを持つことはない」ということである。
イギリス政府の依頼によってBCGが1976年にまとめたホンダの成功に関する報告書によれば、ホンダは1950年代に日本国内のバイク市場が成長した要因が大きいとした。ホンダは国内市場の成長によって小型バイクを大量生産できるようになり、その結果経験曲線分析から予想される「量に関連したコスト低減」が実現された。日本企業が1960年代初めに世界市場に進出するための「ジャンプ台」にしたのは、この極めて競争力のあるコストポジションだったと結論づけている。
マッキンゼーのディック・フォスターによれば、1957年の最初のS&P500社のうち、1998年までにS&P500に残っていたのはわずか74社で、その期間の株価がS&P500指数を上回っていたのはわずか12社だった。姿を消した企業のほとんどは、倒産ではなく、合併のよって消滅した。
モントリオール理工科大学のダニー・ミラー教授の研究によれば、企業が本当に深刻な苦難に陥る時は、通常、それは企業の弱みのせいではなく、強みのせいである。つまり、自社に成功をもたらしたその活力や癖や専門技能を発揮しすぎたのが主な原因である。
2007年にハーバード・ビジネススクール(HBS)がHBS卒業生の就職先を調査したところ、初年度の平均基本給が最も高かったのはコンサルティング会社で、その額は12万ドルだった。
ハーバード大学のラケシュ・クラーナ教授の2002年の著書によれば、1990年代前半に任命された大企業のCEOは、1980年に任命されたCEOと同水準の業績をあげた場合、解任される率が3倍近い。この変化の要因は、取締役会が機関投資家からのより大きなプレッシャーにあるため、以前よりも積極的に行動してCEOを解任するためである。