ワイクの本は他の本、たしか『
制度と文化』だったかで好意的に取り上げられていたので興味を持って、この本と『
センスメーキング・イン・オーガニゼーションズ』を読もうとしましたが、途中で挫折しました。今まで心理学や社会学の翻訳書を何冊か読み、後で原著を読むと、理解できなかったのは誤訳のせいだったということを何度か経験しました。
ワイクの『センスメーキング・イン・オーガニゼーションズ』の原著の
Sensemaking in Organizations が Google Book に一部(大部分?)公開されています。原文と比較してみて気付きました。原文はそれほど難解ではない。あの翻訳を理解しろというほうが無理です。もしもワイクに興味を持たれるなら、原著をお勧めします。私は新しい
Making Sense of the Organization を買いました。
その Making Sense of the Organization はところどころこの本(の原著)を参照しています。気になるので三分の一ぐらい読んだところでこの本を読み直しました。すると、かなりの速度で読めてしまいます。そちらが一行で片付けていた内容をこちらでは数ページを費やして丁寧に説明しています。そちらの本を読んだことでワイクの思想のあらましが分かったこと、『センスメーキング・イン・オーガニゼーションズ』を原著と比較したことで翻訳者の誤訳の癖が分かったこと、そこから、この本で分かりにくい箇所はおそらくあのことを誤訳しているんだろうと想像が付きます。この本は他のワイクの本を読むための導入の役割を果たすものでした。本来の方法と逆ですが、この本を読む前に他のワイクの本を原著で読めば、この本は非常に分かりやすいはずです。
この本の最初に十の寓話があります。ゴルフの話と野球の審判の話は誰でも理解できると思います。二対二のゴルフの試合で誰と組むかを試合が終わってから決める。審判が三人登場し、一人が「ストライクだからストライクと言った」と言い、二番目の人はやや正直で「ストライクに見えたからストライクと言った」と言い、三番目の人は「私がストライクと言ったからストライクである」と言う。この二つの寓話はワイクの言う retrospective の例です。この本は「回顧的」としていますが、それだと昔を偲ぶという語感があります。この語は「事後的」あるいは「遡及的」とすべきです。ストライクだから審判が手を上げたのではなく、審判が手を上げたからストライクになる。事前に起こったことが何であるか事後の評価で定まるのです。
三番目の警官の寓話は何が何だか分かりません。なぜ「皆さんはオークランド署の一警官が交通違 反者に交通違 反切符を切っているのを目撃しています」と言っただけで群衆の間で議論になるのか。一警官や目撃に目が行きますね。実は、原文は
You have just witnessed the issuance of a traffic ticket by a member of your Oakland Police Department.
でした。日本語らしく訳すなら「皆さんが証人です。交通切符の発行を皆さんのオークランド署の者が行いました。」でしょうか。「目撃」は「偶然居合わせて見る」ですが、ここの witness は「証人として立ち会う」です。相手が逃げ腰になると思っていたら、強く出てきた。だから群衆が戸惑って真意をはかりかね、その隙に警官はパトカーに戻れたのです。
『センスメーキング・イン・オーガニゼーションズ』で誤訳していた「組織の生」が再び登場します。原文は organizational life です。組織が生き物だと言っているわけではありません。その意味なら organization's life です。こちらは個人の life です。「組織人の日常」か「組織の中で生きること」とすべきです。そうであればこの本の意味はすっと分かります。
「囲い込む」も変です。原文は bracketing なので、鍵括弧で括ることです。日本語らしく訳すなら「下線を引く」がふさわしいと思います。組織の内外にある事物を文章に見立てて注目すべきものを他と区別するために印を付けるのです。アメリカの詩人の Dorothy Parker の有名な言葉の "I hate writing, I love having written." を「書くのが嫌いだ。書かせるのが好きだ。」としていますが、「書くのを嫌う。書いてしまうのを好む。」です。「淘汰」の原文は selection です。「選択」とすべきでした。「良いものを淘汰し、良くないものを排除する」ではどちらも捨て去られると思わせます。
誤訳があちこちにあり、そのために非常に分かりにくくなっています。原著は本来分かりやすい本だったのです。とても良い本なのに残念です。
日本中にこの本が何冊売れたか知りませんが、全国の読者に無駄に使わせた時間を足し合わせるとどのくらいになるか。ワイクの思想と英語と両方理解できる人に翻訳してほしいと思います。
[追記]
原著を岡山大の藤井大児氏が「経営学における比較事例研究法に関する一考察」という論文で引用していますが、氏も「君達はたった今、君たちに奉仕するオークランド警察署の一員によって、交通違 反切符が発行される瞬間を目撃したのである!」として「実際のところ何を言いたいのかよく分からない」と書いています。英和辞典に「目撃する」という訳語がありますが、この語の基本的な意味は「証人となる」です。
東京大の高橋伸夫氏もこの本を「難解さの点でも群を抜いている」とウエブに書いています。この誤訳の多い難解な翻訳を読んだか原著の英文の意味を理解できなかったかのどちらかです。ビジネス書や小説と違い、ワイクの論文はアカデミックな、つまり理屈っぽい書き方ですが、他の研究者の論文と比べ特に難解とも思えません。