エスノグラフィーの著者たちによるよもやま話。かなり失望しました。編集者の金井壽宏さんは質的研究を理解しているのか疑ってしまいます。本質的なことを書かず、ティップスを少々。おまけに学生時代や留学の思い出でページ数を稼ぐ。これから質的研究や民俗学史的研究をしようという研究者や学生は別の本を選ぶべきです。少なくとも事前に実物を確認すべきです。でないと、届いたときの失望が大きいと思います。
星一つは『
暴走族のエスノグラフィー』の佐藤郁哉さんや
Engineering Culture: Control And Commitment in a High-tech Corporation のギデオン・クンダ氏の文章が読めたからです。他の部分は星ゼロです。
次は『
エスノグラフィー入門』や『
質的研究入門―“人間の科学”のための方法論』を読んでみようと思います。
[追記]
この本の他のレビューでシーサーさんの反論があったので、なぜ星一つなのかもう少し説明します。
まず「エスノグラフィーを知るにはエスノグラファーに会うのが一番」というテーゼが何の証明も無しに登場します。「お化けに会わないとお化けのことは分からない」という文言が証明というのなら、本を読まないと本を理解できないと同じことですから、著者に会うことの必然性の証明にはなりません。
佐藤郁哉さんの文章は自分自身が考えてきたことを動揺や迷いを包み隠さず記述していて、これもまたエスノグラフィーと言えます。一方の金井壽宏さんの文章にそのような正直さを感じません。進学の動機などもきれいごとというか、単純化され分かりやすいのですが、逆に胡散臭さを感じます。金井さんの人物を言っているのではありません。現実の人間はもっと複雑です。良く言えば分かりやすく書いてあるのかもしれませんが、本当っぽさが感じられないのです。
金井さんの文章を読むのはこれが初めてではありません。『
洗脳するマネジメント』と『
人を助けるとはどういうことか』の解説を読みました。どちらも驚くほど誤訳が多い本です。原著者が日本語を読めたら怒りだすでしょう。
『洗脳するマネジメント』では Goffman と Schein に触れています。Goffman は著者が恩師と呼ぶ Schein の元同僚で Schein も薦めています。ですが、Goffman の著作を読んだとは思えない記述でしたし、Schein の主張する Process Consultation の概念も誤解して説明しています。その解説も「ある会社は終業後の応接室で××をしている」など、とてもしらふの大学教授が書く文章とは思えませんでした。解説ではなくよもやま話で原稿用紙を埋めている印象です。
『人を助けるとはどういうことか』の解説で「西洋人も顔を大切にするとは知らなかった」と書いていますが、face のその意味は植民地時代に香港から英語に入ったもので、Goffman が有名な論文で論考しています。その本の原著でも引用され考察されています。監訳者なら原文と主要な参照文献は読むべきです。原著や Goffman の論文を読めば分かるように、日本語の顔とは微妙に違います。誤訳だらけの翻訳を読んで印象を書くだけなら監修者でも監訳者でもありません。
金井さんは『洗脳するマネジメント』の著者である Gideon Kunda と留学時代同じ研究室にいました。また、『人を助けるとはどういうことか』の著者である Schein の下で研究してもいました。実際に会っている人たちの著書をなぜ誤解するのでしょう。会わなくとも実際に原文に目を通し、主要な参考文献を読むならば一般の読者でも十分に理解できることをです。著者たちに何度も会ったはずの専門家の理解が、手に入る程度の文献を読んだ一般人の理解に劣ります。「エスノグラフィーを知るにはエスノグラファーに会うのが一番」には大いに疑問があります。
この本ではパナソニックの風変わりな儀式に「中途採用の人なら疑問を提示できるのではないか」と書いていますが、エスノグラフィカルな観察をパナソニックであろうと他社であろうと行った経験があるなら、そのような行為がどんな結果を招くか気付くはずです。そういう経験のない一般人でも、あるコミュニティの儀式に余所から引っ越してきた人が疑問を呈すれば、その人が土地の人からどう思われるか理解できるはずです。本当にエスノグラフィーを知っているのかと疑ったのは例えばそういう点です。
また、金井さんの序論はエスノグラフィーの周囲をぐるぐる回るだけで本質に迫っていません。なぜ、どのようにしてエスノグラフィーが人類学以外の分野、つまり社会学や組織科学で利用されるようになったかという説明がありません。エスノグラフィーの語源その他は詳しく書いていますが、肝心な点に迫らないので読んでいて歯痒く感じます。この点でもどこまでエスノグラフィーを知っているのか疑問を持ちました。
私なりの理解を書けば、それまでの定量的な研究では統計的に解析可能なデータだけを拾って来ていた、そうでないデータは主観が入るとして捨てられていた、しかし、それでは観察結果を十分に説明しえないことに気付き始めた、その抜けを補うために質的、定性的、つまり観察対象の感情などの数値化できないデータにも注意が払われるようになった、ということかと思います。それで正しいかどうかは分かりません。ですので、エスノグラフィーが採用されるようになった理由や経緯を知りたいと思いましたが、この本からは知ることが出来ませんでした。
佐藤さんの裏話の第五章に星四つ、ホーソン実験の第三章に星三つ、金井さんの章に星ゼロ、他は星一から二。加重平均して星一つという計算です。佐藤さんの第五章の分量は少なく、著作は他でも読めるのでこの本を無理に読む必要はないと思います。
シーサーさんは他のレビューがないのですが、この本の事情もご存知です。おそらく出版社の関係者の方と思います。御社の専門書籍は信頼していました。今回はたまたま人選がまずかったのだと思います。本が売れているかどうかよりも、研究者としての資質で選んで欲しかったと思います。
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小田博志さんの『
エスノグラフィー入門』を読みました。文化人類学の先生が、調査対象との連絡の取り方から始まり、予習、携行品、心構え、論文作成後のインフォーマントへのお礼など、事細かく書き方を指導した本です。これからエスノグラフィーの研究を始める方にはそちらを勧めます。また、読むだけの立場の方にも大いに参考になると思います。シーサーさんや有斐閣の編集の方々にも読んでいただきたいと思います。両方比べるとこの本が霞んで見えます。
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その後フリック・ウーヴェの『
質的研究入門―“人間の科学”のための方法論』を読み始めました。同じ価格の本ですが、同じ土俵で勝負できるとは思えません。本物の入門書というのはこういうものをいうのかと感じました。組織学や経営学の立場からエスノグラフィーに興味を持たれた方にもそちらをお勧めします。著者の長い研究の成果が反映された厚みと深さのある記述で、説明の順序も非常に注意深く考えられ、初心者が読んでも砂地に水が沁みるような速さで知識を吸収できます。
シーサーさんはレビューを消してしまわれたようですが、レビューの内容はこのままにしておきます。