原題は"Strategy and Structure"。原著刊行は1962年だから、すでに古典のジャンルにはいるかもしれない。著者のアルフレッド・チャンドラーはすでに鬼籍に入っているが、経営史学の世界的な権威。20世紀前半のアメリカ企業において、家族経営型のシンプルな組織からいかに複雑な事業部制へ移行していったかを描き出すのが本書のテーマである。
邦題からすると、まるで企業のあるべき姿を提言するのが目的の経営書のように見える。実際、今日ではそうした読み方もされているが、著者はあくまで歴史家で、本書はもともと戦略(Strategy)と組織(Structure)の変遷を記録した歴史書として書かれたものだ。
本書では、戦前のアメリカ大企業について、当時の経営陣がどのような課題を抱えており、それに対して組織面でどう改変を行っていき、事業部制を作り上げていったのかという、企業内意思決定のプロセスを克明に描き出している。とくにデュポン、GM、スタンダー石油ニュージャージー、シアーズ・ローバックの4社については当時の書簡や社内資料もとづいた詳細な記述を行っている。たとえば、デュポンの経営陣の誰が、いつ、どういう考えの下で事業部制を提案したのか、それに対して社内からはどのような反対があったのか、などだ。こんな入手が難しそうな内部情報をどうやって、過去にさかのぼって入手できたのか疑問が沸くが、秘密の1つは著者のミドルネーム”D”にある。漫画のワンピースでないが著者もまた“D(DuPont)の一族”だったゆえに、親族をつたってスクープ級の社内情報を存分に利用できた、という訳だ。他の学者にとっては嫉妬で唇を噛み切りたくなるような話である。
また、上記4社だけではなく、20世紀の米国主要企業70社まで枠を広げて組織改編の実態を調査している。本書が経営書としても親しまれてきた最大の要因は、広範なケーススタディから一定のパターンを導き出し、企業の競争優位性に関して興味深い知見を提示していることにある。
著者の総括によれば、事業範囲の地理的な拡大や垂直統合の進展、そして製品多角化を行っていくうち経営者の管理負担が重くなり、現状の組織のままでは些細な実務に忙殺されてしまう問題に直面した。そうなるのを防ぎトップがマネジメントに専心できるように分権的な組織改編をとるようになったという。したがって、業界別にみれば、製品分野が広い化学や総合電機メーカーの間では事業部制が比較的徹底して推進された一方、製品や顧客の範囲が狭い鉄鋼・非鉄業界については1960年代になっても多くが昔の組織のままだった。一方で、事業部制への大幅な組織改変は概して、その企業の経営不振がきっかけとなり、拡張主義的なトップが退いたあとに起きている。すなわち、業容拡大に伴うマネジメントニーズだけでは事業部制へのシフトへ結びつかず、経営者の能力が非常に重要であることも示唆される。
注意すべきは、「組織は戦略に従う」という、ここで導き出されたと信じられている有名な“命題”は、多くの人によって意味が誤解されている上、本書での主要な論点にすらなっていない、ということだ。「いや組織が戦略に従うのではなく、戦略が組織に従うのだ」といった紋切り型の批判は、「組織」という言葉をチャンドラーとは別の定義で用いている。本書での「組織」とはあくまで組織の枠組みや権限の配分などを決める仕組みのことであって、組織の中身となる人的リソースや技術蓄積や企業風土などではない。「組織は戦略に従う」という表現は、「(賢明な経営者によって)経営方針が改められるとそれに従って組織も改変される」という、ごくシンプルな事実を指摘しているにすぎない、と思われる。
極上の史料を使って緻密に構成された本書を通読し、ひとつだけ“しこり”が残ったとすれば、事業部制移行の効果についてである。チャンドラーはケーススタディに挙げた各社について、事業部制への組織改変がその後の業績改善にも寄与したと繰り返し強調しているが、どこまでそれは言えるのだろうか。もちろん業績に全く影響がないとは言い切れないが、組織変更を行ったことが業績改善に積極的な効果を与えたとも考えにくい。おそらく、組織変更はせいぜいの所、企業の業績向上の必要条件にすぎないと考えるのが妥当なところなのではないか。