言葉は平易だ。しかし、ここに紡がれていることばは深く、時に重い。
ポーランドの詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカは1923年にポーランド西部のブニンという小さな町に生まれ、45年に詩人としてデビューしている。それほど周知でもないような気がするが1996年にノーベル文学賞を得ているが、受賞は嬉しいが静かな生活が乱されるのが怖いというような人柄だという。当方、今回初めてこの詩を読んだし、その名も知った次第だ。
ここにある言葉は個のあり方、その尊厳を一貫して擁護し、普遍や全体化を退けるが所謂ミニマリズムとは対極にある。普遍や全体主義の苛烈な暴力の忌避には、当然シンボルスカが暮らしたポーランドの状況が色濃い。その詳細は巻末の訳者解説に詳しい。
ミニマリズムと対極にあるというのは、その言葉が今日のアジア読者、特に現在のニッポンの読者にもビシリと届いてくるということだ。それ以上はくだくだ言うまい。
≪誰かが瓦礫を道端に 押しやらなければならない 死体をいっぱい積んだ 荷車が通れるように
誰かがはまりこんで苦労しなければ 泥と灰の中に 長椅子のスプリングに ガラスのかけらに
血みどろのぼろ布の中に≫ 「終わりと始まり」
この詩は≪戦争が終わるたびに 誰かが後片付けをしなければならない 物事がひとりでに 片づいてくれるわけではないのだから≫から始まる。
≪ヒロシマがあるところでは またもやヒロシマが繰りかえされ 日用品がたくさん製造される≫ 「現実が要求する」
訳者の沼野充義の解説文では本詩集以外からの作品が紹介されている。
≪こんなに魅力があるのに、島には人がいない 浜辺に見える小さな足跡は
一つ残らず海のほうに向っている
まるで人はここから立ち去るだけで 深みに沈んで二度と帰ってこないかのよう
理解しがたい生の中に沈んで≫ 「ユートピア」
≪秩序の地獄よりは混沌の地獄のほうがいい 新聞の一面よりはグリム童話のほうがいい
葉のない花よりは花のない葉のほうがいい≫ 「可能性」
≪なにごとも二度は起こらない
けっして だからこそ
人は生まれることにも上達せず
死ぬ経験を積むこともできない≫ 「なにごとも二度は」
訳者解説の前にはノーベル文学賞受賞の記念講演が再録してある。
≪平凡なもの、普通のものなど何もありません。どんな石だって、その上に浮かぶどんな雲だって。どんな昼であっても、その後に来るどんな夜であっても。そして、とりわけ、この世界の中に存在するということ、誰のものでもないその存在も。そのどれ一つを取っても、普通ではないのです≫