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26 人中、25人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ヨーロッパで続くもう一つの「拉致問題」,
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レビュー対象商品: 終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ (集英社新書) (新書)
「教えて欲しい。なぜ私の一族はこんな目に遭わなければならなかったのか」。セルビア=モンテネグロ・コソボ自治州で、子どもをアルバニア人に拉致され、自身もセルビア本土へ難民として避難したセルビア人の父親から話は始まる。遺影を手にうつむいて写る父親の姿に涙した。コソボ自治州で、内戦が終わってから3000人のセルビア人が拉致されているということを全く知らなかった。本作はアルバニア人、セルビア人双方から被害者たちの心の痛みを気遣いながら、うめき、嘆きを聞き出している。筆者の怒りは当事者となっているどの民族にも向けられていない。ミスリードして単純なセルビア悪玉論を展開したメディア、それに乗って空爆を開始し、今もコソボを監督しているにもかかわらず、民族浄化を放置している欧米諸国に激しい怒りが向けられている。当然だろう。欧米が放置している限り、民族浄化は続くのだから。また、これだけの人が拉致され、殺されているにもかかわらず、欧米との協調のため、コソボに強い立場に立てないセルビア政府への怒りもよく伝わる。だが、筆者の一番の怒りはおそらく、コソボで続く悪夢に世界が無関心であることなのだろう。 憎悪しかないコソボの大地で両者が交わることは非常に困難だ、ということが本書から強く伝わり、ひたすら暗澹たる気持ちで読み進んだ。終わり近くに登場する、子どもをセルビア人に殺されたというアルバニア人の父親が、愛息の遺影を手に語る、セルビア人に向ける温かい言葉が切ない。 できるだけ、引用を排除し、現場にこだわったという本書は、セルビアの周辺諸国で各民族のさまざまな有力者に直接取材もし、質の高いセルビア情勢の報告にもなっている。ともかく、民族の拉致問題は日本だけではないことを知るのに読みたい1冊だ。
15 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
第三次世界大戦は1999年にコソボで始まった,
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レビュー対象商品: 終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ (集英社新書) (新書)
本書は、旧ユーゴの情勢を情熱的に追いかけているフリーのジャーナリストによる、良質のルポである。良質というのは、先入観に毒されておらず、自分の足で動き、自分の目や耳に入ってくることに対して、自分の頭で考えたことを書いているからだ。「自分が見たこと、自分が聞いたこと、自分がすること、そこにあるもの」を描くという真実のルールが貫き通されている。コソボ空爆後にセルビア人たちが民族浄化されているのに、誰も見向きもしないという現実を伝えなければならないという情熱によって描かれた本書を読んで、私はようやっと、セルビアがなぜ悪玉として欧米のメディアから非難されつづけてきたのかがわかった。おそらく、欧米が狙っていたのは、旧ユーゴスラビアの解体と植民地化であろう。そのためには、求心力をもっていたセルビアを貶め、非難することが必要だったのだ。冷戦後世界の不条理を、解明するための知恵を与えてくれる本である。
56 人中、52人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
著者は、おそらく日本で唯一ユーゴ内戦を語る資格を有するライターである,
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レビュー対象商品: 終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ (集英社新書) (新書)
まえがきにもあるが、現地取材主義という著者の主張に基づいて書かれたルポである。だから、この作品は新書にも拘わらず、バルカンの歴史等は殆ど記されていない。私はこれを「歴史も重要だが、もっと重要なのは今この国では何が起こっているのかを公平・正確に伝えることだ」という彼の主張だと思っている。といって、彼がバルカンの歴史を知らないのではない。著者には「誇り」「悪者見参」「オシムの言葉」という作品がある。これらは、旧ユーゴサッカーのサッカー選手(監督)が題材とはなってはいるが、旧ユーゴの内戦をルポした優れた作品である。この中で彼はあらゆる民族のあらゆる人々に対して取材しているのだが、それはバルカンの歴史を認識していないとできないことだ。 『民族浄化』という言葉は、ボスニア内戦時に、ボスニア・ヘルツェゴビナのメディア戦略を請け負ったアメリカのPR会社が最初に使用したものである。意味は『ホロコースト』と同じである。そして、この言葉を欧米(特に米)のメディアが繰り返し使用することで、セルビア=悪者というイメージが一般的に広まったのである。 ’99年のNATO(アメリカ)空爆によって終結したとされる、コソボ紛争後の旧ユーゴ(コソボ)の状況をルポしたこの作品で、著者はセルビア系住民に対してなされていることは報復ではなく新たな『民族浄化』であると記している。 誰もが加害者であり誰もが被害者であるはずのユーゴ『内戦』に、ある思惑(付属文書B.興味のある方は調べてみてください)をもって『人道』介入をしたアメリカ、「戦争広告代理店(著者はNHKディレクター!)」という作品を読めばわかるが、PR会社の戦略に乗せられて間違った報道をし続けたばかりか、空爆終了後は手のひらを返したように沈黙したメディア。彼らの行為がどんな悲劇をもたらしたのか。著者の作品にはそれが書かれている。
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