「教えて欲しい。なぜ私の一族はこんな目に遭わなければならなかったのか」。セルビア=モンテネグロ・コソボ自治州で、子どもをアルバニア人に拉致され、自身もセルビア本土へ難民として避難したセルビア人の父親から話は始まる。遺影を手にうつむいて写る父親の姿に涙した。コソボ自治州で、内戦が終わってから3000人のセルビア人が拉致されているということを全く知らなかった。
本作はアルバニア人、セルビア人双方から被害者たちの心の痛みを気遣いながら、うめき、嘆きを聞き出している。筆者の怒りは当事者となっているどの民族にも向けられていない。ミスリードして単純なセルビア悪玉論を展開したメディア、それに乗って空爆を開始し、今もコソボを監督しているにもかかわらず、民族浄化を放置している欧米諸国に激しい怒りが向けられている。当然だろう。欧米が放置している限り、民族浄化は続くのだから。また、これだけの人が拉致され、殺されているにもかかわらず、欧米との協調のため、コソボに強い立場に立てないセルビア政府への怒りもよく伝わる。だが、筆者の一番の怒りはおそらく、コソボで続く悪夢に世界が無関心であることなのだろう。
憎悪しかないコソボの大地で両者が交わることは非常に困難だ、ということが本書から強く伝わり、ひたすら暗澹たる気持ちで読み進んだ。終わり近くに登場する、子どもをセルビア人に殺されたというアルバニア人の父親が、愛息の遺影を手に語る、セルビア人に向ける温かい言葉が切ない。
できるだけ、引用を排除し、現場にこだわったという本書は、セルビアの周辺諸国で各民族のさまざまな有力者に直接取材もし、質の高いセルビア情勢の報告にもなっている。ともかく、民族の拉致問題は日本だけではないことを知るのに読みたい1冊だ。