主人公は、満州の地に流れ着いたひとりの日本人青年。故郷とのつながりを断ち、家族を捨て、恋人を捨て、戦争から逃れた彼の手元には、ただ鬱々と自らの思想をつづった一冊のノートだけ。ひょんなことから彼を拾った盗賊団の大物に目をかけられ、ノートの秘密をいつか明かすことを担保に、日々は過ぎていくのだったが…。
執拗に繰り返される青臭い観念と、閉じた空間にこだまするモノローグは、現在の読者にとって特に目新しいものではない。それはちょっとばかり自意識過剰で、それでいて自分が何者でもないことをどこかで意識しつづける、いつの時代にもいる若者のひとりごとに過ぎないからだ。
しかし、だからこそ、主人公の痛々しいモノローグはある種の読者の心にダイレクトに突き刺さる。
太宰『人間失格』しかり、サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』しかり。ある種の小説は、特定の時期を過ぎると途端に色あせ読むに値しない駄作に感じられてくる。だが幸運にも「特定の時期」に出会った読者にとっては、その小説はなにものにも代えがたい珠玉の一冊となるだろう。
読者の大半は、時には壁にぶつかって悩み、やがて人並みの幸福の恩恵にもあずかり、世間を生き抜く知恵をつけつつ、やがて老いぼれていくだろう。残念ながら、それは事実だ。
対してこの小説の主人公は身体を壊し、阿片の深みにはまり、生きる屍となって汚濁の中に朽ち果てていく。その姿は美しい。それはもう、涙が出るほどに美しい。
自分にはなにもない、それでもなにかできるにちがいない、でもそれがなにかわからない。
これはそんなあなたのための小説だ。これを読み終えたとき、あなたは何も成長していないだろう。でも、きっとこの小説を好きになる。
だから、老いてしまう前に、早く。