イギリスの往年のロマンス小説の名手ヘイヤー女史が著したミステリー小説12作の中の代表作の初紹介です。本書を一読して最も感心した点はミステリーとロマンスのどちらにも巧妙な仕掛けが施されていて決して読者を不愉快にさせず最後には全てを丸く収めて満足させてくれる著者の達者な才能です。
深夜ロンドンから遠く離れた小村アシュリー・グリーンの広場で晒し台に両足を突っ込まれた姿の紳士の刺殺体が見つかる。捜査に当たるスコットランド・ヤードのハナサイド警視は被害者の異母妹弟ら多くの容疑者を取り調べるが、何れも動機があってアリバイのない疑わしい状況に却って苦労するのだった。
本書の題名の「月夜の晒し台」はミステリーの小道具としては文句なく魅力的なのですが、実際には冒頭の描写が印象的なだけで全体に怪奇色が希薄なのは勿体ないと思います。けれども著者の本領はカーや横溝正史がお得意の怪奇趣味にはなく、少々ふざけた不真面目な気味のある容疑者達を多数取り揃えアリバイも不完全にして誰が犯人であってもおかしくない状況の中で、それでも最後にはきちんと本格ミステリーらしいサプライズを用意して締め括る見事な手際にあると思います。唯やや惜しいと思うのは探偵が示す犯人の根拠がイマイチ説得力に欠け説明が呆気なく感じる点と、真相の解明に繋がる決定的な手掛かりが読者に与えられるタイミングが犯人の名が明かされる直前である点です。探偵小説としての完成度には少し改善の余地があると思いますが、著者の本職であるロマンスの面では怠惰な風情でミスマッチに思える恋愛関係が事件の推移につれてぎくしゃくし破綻するかに見える不幸な状況が一転してこれまた劇的に幸福へと向かう素晴らしい人間ドラマが描かれており読者の誰もが大満足を得られるだろうと思います。
本書はハナサイド警視シリーズの第1作ですが、残念ながら本書では警視が苦しんでその実力を発揮出来ずに手柄を横取りされた感がありますので、続いて紹介予定の第2作では本領を発揮して活躍し今度こそリベンジしてくれる事を期待したいと思います。