自分にはとても敵わないような抜群の能力をもった人物をみたとき、英雄として仰ぎ見る人と、欠点を探して貶める人とがあるように思う。カラヤンの場合、本人が弁解を一切しない人であったこともあり、毀誉褒貶はとりわけ激しかったし、今も激しい。クラシック音楽の愛好家の中では、カラヤンを嫌い、その悪口を言わなければ一人前でないかのように思われている節もある。しかしそれらの罵詈雑言の大半が名誉毀損にも相当するような事実無根の誤解・曲解であることは、種々の伝記を総合した結果ほぼ間違いないことに思われる。これについても、カラヤンの検閲を通過した書物しか流通していないからだとする人は多い。そこまで疑われたら当方も証明の仕様がないけれど、こうして没後出てくる回想記にも、私の知るカラヤン像との矛盾はとくにないようであるから、彼が口ベタでシャイで質素で謙虚な人柄であったことは、大きな間違いではないのであろう。つまりオビに書かれている「こんなカラヤン知らなかった!」という文句は、マスコミがした歪曲を自己修正したに過ぎないのである。確かに大半の人はマスコミが作ったカラヤン像に踊らされて知らなかったのであろうが、彼の伝記をきちんと読んだ人には自明のことばかり。アンチ・カラヤンの誤解をあえて弁護して言うなら、カラヤンの取り巻きがカラヤンの虚像作りに大きく「貢献」したのだろうと思う。
著者はカール・ベームの回想記を書いた人だと記憶している。カラヤンの死後20年経って、楽壇が彼を失ったことの測り知れない損失が、本書から実感できる。日本人の回想は地元ヨーロッパの書物にはまず引用されないから、これは貴重な資料である。