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3 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
「"そいつ"を注文したのは誰だ?」という声が聞こえてきそうな世界,
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レビュー対象商品: 素粒子物理学をつくった人びと〈下〉 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) (単行本)
本書の全般的なレビューは上巻の方に書きましたので、ここでは補足を。本書で再現されている会話を読んでいると「そんなハズはないだろ!」という当事者の叫び声が頭の中でこだまします。学問の革命的進歩の現場は、えてしてそういうモノなのでしょう。革命的な結果を得たり、突拍子もない発言をしたりすると、同業者から理解は得られるどころか、むしろ「頭がおかしいんじゃないか?」という扱いを受けるのがオチなのです。しかし「2番目にE=mc^2と言ったのは誰だったかな?(誰も覚えてくれない)」という側面もあるわけで、 priority争いは大変です。本書はそんな人間心理を巧く描写しています。
本書を読むと、6個のクォークがあればCP非対称性を説明できるだろうと指摘した小林・益川理論(1973)が登場した時には、まだ4番目のクォーク(charm)の存在について激しい議論が続いていたことがよく分かります。(小林・益川両先生も御苦労されたでしょうね) 本書はそういう"時代背景を探る読み方"が可能です。(本文では残念ながら小林・益川理論に言及していませんが、この実験的検証は「立花隆 小林・益川理論の証明」等をご参照下さい) 20世紀の数学(基礎論)と物理(素粒子論)は共に"無限"・"自己"との戦いと集約できるかもしれませんね。数学では集合論(色んな"無限")と自己言及のパラドックス〜ゲーデル不完全性定理、物理では自己エネルギー・発散(∞)の"怪物"退治があったわけです。(無限小の"点")→有限の"ひも"の戦いは続行中) こうして俯瞰的に見ると何だか面白いですね。
4 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
下巻は、弱い力からチャームの発見まで,
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レビュー対象商品: 素粒子物理学をつくった人びと〈下〉 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) (単行本)
20世紀後半、物理学の研究は、巨大な実験装置 (加速器) を擁した大規模な研究所を中心とした、集団作業へと変貌をとげていきます。
加速器の標的の先には、泡箱と呼ばれる素粒子検出器が置かれ、強力な電磁石で加速された粒子線(ビーム)が標的に命中すると、泡箱内に発生した素粒子の飛跡を複数のカメラが写真に収めていく。 日に何千枚と撮影されるその写真を、スキャナーと呼ばれる女性作業員たちが1枚ずつチェックし、角度や寸法を測りながら、写りこんだ素粒子の飛跡を雑誌大のスケッチブックに写しとる。 物理学者は、その膨大なスケッチの中から、期待される現象を探しだす。 それら一連の作業は、多くの人員と膨大な作業量のうえになりたっています。 たとえば、チャーム・クォークの存在を確認したブルックヘヴン国立研究所の実験では、2.5秒ごとに10億個のニュートリノを泡箱に撃ち込む作業を毎日24時間体制でおこない、撮影した写真は50万枚。 そして、写真から見つけだした飛跡を新発見として発表するためには、さらに7カ月もの計算を要したとのこと。 一方、理論については、群論をベースとした枠組みが成功をおさめていきます。 というのは、あとから結果を振りかえったキレイごと。 研究途上の物理学者たちは、混沌ともいえる状況のなかを、手探りで進んでいくことをよぎなくされます。 実験結果を見て、自身の理論に目立たぬよう変更を加えていく理論物理学者の姿は、なにかその場しのぎにも見え、ちょっと美しいとは言えないようなところも。 本書の記述は、素粒子物理学界がその成功に酔いしれた、チャーム・クォークの発見までで終了しています。 残念ながら、超ひも理論やトップ・クォークの発見など、1980年以降のできごとに関する解説はありません。 本書全体のバランスやボリュームを考えると、それはそれでしかたのない判断だったといえるでしょう。
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