熊野氏の翻訳を読むのはレヴィナスの『全体性と無限』(岩波文庫)以来です。カントの『純粋理性批判』は西洋近代哲学の金字塔であり、過去に幾多の名訳が出版されてきました。特に近年は、難解な哲学用語に慣れていない一般読者にも読みやすく、わかりやすい翻訳が出版される傾向にあります。ヘーゲルの長谷川宏氏の翻訳や、完結したばかりの中山元氏の『純粋理性批判』の翻訳は、こうした傾向の代表例といってよいでしょう。その一方で厳密な原典批判に基づいた、逐語訳に近い精確な翻訳もあります。有福孝岳氏訳の『純粋理性批判』(岩波書店版カント全集)はその代表例でしょう。熊野氏の翻訳はその中間に位置するものではないかと感じました。数年前に出版された宇都宮氏の翻訳が参考になったと氏自身は述べていますが、誰が読んでも参考になり、啓発される翻訳になっていると思います。一巻本としての紙数の制約があるせいか、訳注が少ないのがやや残念です。であるなら初学者にとっては「アンチノミー」には「二律背反」、「悟性」には「理解力」、「思惟」には「思考」などの訳語の補説があればよいと思います。というのは初学者には「理性」と「悟性」の区別がつかず、両語の関係がわからないという人もいます。例えば「悟性」が独語のVerstand,Verstehen,英語のunderstandingから翻訳された邦語であることが明記されていれば一層読みやすくなると思います。a priori「より先に、(経験に)先立って→生まれつき」もそうです。しかし、訳語の問題以上に文脈をどのように読み取るかという点が訳者の解釈が問われる点です。カントの文章の特色として、まず自己の主張を提示し、次にそう考えた理由を述べるという文体上の特色や構造をどのように訳文に反映させるかという点です。接続詞dennの解釈については訳者の解釈はさまざまです。多くの訳者は理由の接続詞と解釈し、「〜だからである」と訳していますが、ドイツ語学者の関口存男氏が指摘したように、dennには「というのは、〜である」という補説や言い換えの意味もあるとのこと。原書はどちらの読みも可能なように思われます。いずれにせよ、熊野氏の翻訳はこうしたことをいろいろ考えさせてくれるすばらしい翻訳であると思います。既存の翻訳をできる限り入手し、そこから多くの解釈を学びながら、自分で考え、原書を読むのが哲学の原点だと思います。ぜひ熊野氏の翻訳の購読を薦めます。