この中山元による新訳は全部で七巻になるので今までに刊行されている『純粋理性批判』の翻訳に比べると非常に巻数が多いのですが、その理由はせこい出版社がよくやるような、行間を大きく開けて文字をでかくしてページ数を水増しして小銭を稼ごうという悪徳商法をしているのでは勿論なくて、巻末に書かれている解説が非常に多く、かつ充実しているからです。
翻訳の良し悪しを判断する能力は僕にはありませんのでそこには触れませんが、この本の素晴らしさは翻訳よりもむしろ中山元による解説にあると僕は思っています。というのも、僕のような初学者ではいくら訳が読みやすくなってもこのような大著は論理的な難しさのせいでどうしても途中でわからなくなってしまい、最後まで読みきれずに投げ出してしまうことが多かったのですが、この翻訳者は何と一段落ごとにカントの述べていることを要約してそこに注釈をし、かつ何の前知識もない人間でもわかるように噛み砕いて説明し直してくれているのです。
つまり、この本は『純粋理性批判』の最後に詳細な入門書がセットでついているようなものなのですが、一段落ごとに追ってくれているので本文を読んでからその解説を読み、また本文に戻るという読み方が可能になり非常に緻密にカントの論理を追うことが可能になっています。このようなスタイルの翻訳は今までに中山元以外はやっていなかったように思えますが、初学者がゼロから理解できるように工夫がなされているという一点だけを考えてもこの翻訳は素晴らしいと言えるでしょう。
仮に今後このスタイルの新訳が増えるとするならば哲学を学ぶための敷居はかなり低くなるでしょうし、そうなってくれたら僕も嬉しいのですが、翻訳者の仕事量の多さを考えるとそこまで期待するのはわがままが過ぎるのでしょうか? しかしこの中山元による翻訳を読むと、それを期待したくなってしまいます。