今から5年前の夏に吉村昭さんが自らカテーテルを引き抜き壮絶な死を遂げた後に、遺作短編集「死顔」が出版され妻の津村節子さんが「後書きに代えて」を寄せた。吉村さんの舌癌の告知から死に至るまでの1年7ケ月の闘病生活とその間の執筆や死への準備を、淡々と10枚程度の文章に綴っている。本書は同じ1年7ケ月を扱っているが、その後の5年間の熟成を経て240枚の文学作品に仕上がっている。吉村さんを「夫」と呼び妻「育子」の視点から描いた私小説で、闘病の詳しい経緯のほか夫の日記やメモ、克明な遺書も加わり、折に触れ二人のこれまでの出来事がフラッシュバックのように回想されている。
現役作家の育子は忙しい。自選作品集は刊行中だし雑誌連載の単行本化もあり、執筆の他に販促のサイン会もあって、地方紙の文学賞の選考委員等にも時間が取られる。加えて恩人や知人・親族の葬儀も飛び込んでくる。そんな生活の中での看病であり、充分な時間が取れず「物を書く女は最低の女房だ」と自らを責める。入院中の夫の日記に「育子、寝ているうちに帰る」とあったのを死後に知り、「目を覚ましたときどれほど淋しく思ったことだろう」と痛哭する場面は心に沁みる。
また、夫も副作用の強い抗癌剤治療を続けながら作家として誠実に生きている。友人の単行本の帯にと依頼された100字ほどの文章のためにゲラで全編を読むし、遺作となった短編小説の推敲に最期の力を振り絞る。自分の病気を周囲の人に悟られないようにと細心の注意を計り、育子には「毎日病院に来なくて良い」「君は君の生活を大切に」と育子の短編小説の進み具合に気を配る。
最終の20頁ほどは特に感動的だ。退院予定日を急遽早めて退院し、数日間だが自宅で寛いだ生活を送ったことに救われる思いがする。亡くなった日の朝には大好きだったコーヒとビールで口を湿し、その夜の最期の瞬間における育子の夫への呼びかけは強烈で意味深い。