斬新で面白い学術書である。紀元2600年=西暦1940年、帝国日本の臣民のあいだでは、愛国主義が消費を促進し、消費が愛国主義を扇動するような行為と感情のサイクルが盛況をきわめていた。神話がかった国史の物語のベストセラー化、御国を賛美する歌詞や作文の懸賞金つき募集の流行、愛国的な展覧会の活況、ブームとなった史跡訪問、といった具体的な事例を、新旧とりまぜた文献に加えビジュアル性ゆたかな資料群(絵葉書、ポスター、地図など)を巧みに解読することで、娯楽的なナショナリズムの沸き立つ当時の雰囲気を著者は鮮明にあぶりだしてみせた。実に学ぶところ多い。
なかでも特筆すべきは、この頃に活況を呈していた「帝国観光」を扱った数章であろう。神武天皇ゆかりの聖地をめぐる宮崎や奈良への聖跡観光、植民地への同化と差異化のジレンマのなかで独自の魅力が演出された朝鮮観光、そして日本によって文明化されたことが誇らしげに語られた満州への、とくに戦跡を中心とした観光旅行と、人びとは万世一系の天皇を奉じながら、各地を楽しくめぐった。各種のメディアや鉄道会社の働きかけによって、人々の観光熱はますます盛んになった。
こうした、必ずしも政府の強制によるのではない、大衆的なナショナリズムあるいはファシズムの隆盛を見落としては、当時の日本の政治・思想状況は理解できない、と著者は批判的な見解を提示する。また、帝国日本の事例を他の国とりわけイタリアとドイツに関する研究と比較しながら、戦時下の日本史のリアルを世界史のなかに位置づけようとも試みている。
かなり様々な学問的関心から、興味深く読める傑作だと思う。