ここ数年のあいだに出版された,精神鑑定や精神障害犯罪者に関して書かれた一般の書籍に目を通すと,出版の意図や内容に,以下の3つの事情が関わっていることがわかる。
第1に,2005年7月から医療観察法(=心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律)が全面施行されたこと。これによって,重大な犯罪行為を行った精神障害者への処遇が変わったという事情がある。加えて,この法律に対しては多くの批判がある。「多くの」批判というのは,相異なる立場からそれぞれ批判を受けているという意味だ。つまり非常にややこしい。
第2に,2009年5月からスタートした裁判員裁判がある。鑑定人は,市民である裁判員に対して自分の意見を述べ,説得する必要が出てきた。しかし,こと精神鑑定(特に被告人の責任能力に関するもの)については,一般人の理解が得られにくいと考えられている。
第3は第2の点とも関係するが,精神鑑定に対する社会の無知・無理解がある。重大な加害行為を行ったにもかかわらず,場合によっては罪に問われないことがあるという,いささか我々の直観に反する結論を,正確に理解してもらうのは難しい。
精神鑑定や責任能力に対する誤解を助長・拡散したのが,日垣隆『
そして殺人者は野に放たれる』だ。浅薄な理解と杜撰な取材に基づいたこの本が,それなりに読まれ,一般読者から高い評価を受けている,ということ自体が,この問題に対する社会の無理解を如実に表している。
本書も,上記の3点に留意して書かれている。具体的には,
1. 精神鑑定医にはどのようなスキルや経験が要求されるのか。
2. 精神鑑定の種類。これは時期や依頼者による区別として,起訴前鑑定・公判鑑定・私的鑑定があるほか,鑑定内容による区別として,訴訟能力鑑定・責任能力鑑定・情状鑑定・受刑能力鑑定がある。これらの異同は何か。運用上の問題は何か。
3. 「精神障害者の犯罪」に対する,現在の法制度はどうなっているか(これが医療観察法である)。その問題点は。
4. 少年事件と大人の事件で,鑑定に違いがあるか。
5. 自閉症スペクトラム障害(=広汎性発達障害。アスペルガー症候群はこの一種)に対して,裁判所や鑑定人はどのように応じてきたか。
といった点について触れられている。一般向けに書かれているから,掘り下げた叙述は少ないが,幅広い論点に言及されているのが特徴だ。具体的な事例で説明されているから,分かりやすくもある。
1つ注文をつけるとすれば,精神鑑定と犯罪被害者(や遺族)の関係についても何らかの説明が欲しかった。たしかに,精神鑑定は被疑者・被告人の主観面に踏み込むものであって,被害者が関心をもつ犯罪の客観面(重大性)とは一応は無関係だ。しかし,著者が重要性を強調する「情状鑑定」は,結論として刑を軽減する方向で作用する以上,刑を加重する事情となる被害の重大さと向きあう必要があると思われる。裁判員裁判ともなれば,この点がまさに問われるのではないだろうか。
本書の中で「刑法学者の浅田和成」(p.101。p.204も)との記述があるが,これは「浅田和茂」の間違いだろう。ともあれ,巻末に引用・参考文献が掲げられているので,その気になれば疑問点をさらに調べることができる。弁護士の校閲も受けているようで,用いられている法律用語も概ね正確だ。難解な箇所もあるが,多くの部分は読みやすい。このように丁寧に作られた本には好感がもてる。タイトルに興味がある人にはおすすめの1冊。