木村先生が自伝を書いたというだけで、一時代の精神科医たちは皆この書物を読むでしょう。
先生が精神病理学の第一人者となってからの記載は、伝記的な記録よりも、学説の発展の記載が中心です。
学園紛争当時の経過などはまだ生々しくて、書くことが難しいようです。それでも当時の学生運動への共感と違和感とが率直に書かれており、
貴重な証言です。
精神医学者になるまでの過程も、子供の頃から記憶力が悪かった(!?)、医学部卒業時に音楽への傾倒から耳鼻咽喉科の選択
を考えたことなど、驚くエピソードが多く、精神病理学者木村敏の素地を見事に示してくれました。
精神病理学という学問(著者は最近の精神医学の潮流になかば絶望して臨床哲学との言葉を使っています)が精神科医教育と臨床でどのように反映されるのかを改めて考えさせられます。
哲学の国際的な(ハイデガーも含めた)活発な交流風景も詳しく描かれ、こうした人間的つながりを背景に学問が発展するのだと目を開かれました。
今年2010年の精神神経学会で著者は、間主観的人間学をもとにした精神病理学を高らかに宣言して、教授定年後16年たっても、その立場に
揺るぎないことを明らかにしています。