下巻では神経症総論の続きと続精神分析入門が収められている。続精神分析入門で
は7講が収められているが、これは特に精神分析入門のように講義録のまとめのよう
な体裁をとっているが、実際には抗議録ではない。精神分析入門を発刊した後15年
も経っているので、新しい知見を付け加えるために書かれたものである。
特に精神分析入門の時にはなかった死の欲動や超自我といった概念が導入されてお
り、その観点からの読み直しはとてもすっきりとしている。やはり概念が増えると説
明力や説得力が増えるのかもしれない。
この下巻も色々と見ていくと面白いのだが、一つだけ思ったことを書く。最後の35
講の「世界観というものについて」のところで、フロイトは精神分析は治療技術から出
発しており、それは科学の一つの分野であると言っている。思想体系としてのものでは
ないと。現実的には精神分析は治療技術だけではなく、哲学や宗教や思想として広く世
界に知れ渡り、強い影響力を持っている。これは思想といって差し支えないぐらいであ
る。しかし、フロイトは謙虚にそこまでは考えておらず、臨床の中・実践の中での精神
分析というありように限定しようという意図を持っているようである。
確かに精神分析的に見れば、世界の様々な考え方や現象を理解することができるよう
になるが、いうなればそれは精神分析の応用であるにすぎないのかもしれない。精神分
析の本質や真髄はやはり治療者と患者との間で織り成される精神分析的な治療という営
みにあらわれているのだろうと思う。フロイトが最後まで臨床家として生きたのはそう
いうことも関係していると思われる。
このことからも本当に精神分析を理解していこうとするのであれば、本を読んだり、
知識を積み重ねることももちろん大切であるが、それ以上に臨床の中で精神分析的な生
の体験を積み重ねることがとても大切になってくるのだろうと思う。