この作品は、「新版おくがき」にて、筆者が「この未完の異様なもの」と言うように、処女作でありながら、人間存在の内部深淵に横たわる「罪」すなわち「どす黒いエゴイズム」というものを、徹底的ニヒリストであり神を信じぬ、さらには左翼的思想の持ち主である主人公水村宏紀の、極めて哲学的で虚無的な内面描写を通して訴え掛けられる、文字通り「異様な」、凄まじき書物です。
戦中・戦後という時代背景ですが、水村は幾らか筆者の分身的人物であり、ある部分では、この作品は自白的作品なのではないだろうかと思いました(もちろん、大西氏が殺人をしたというわけではないけれども)。この処女作を再刊することを、大西氏が相当永く躊躇っていたらしいですが、その理由は、現在『神聖喜劇』を書いた真面目な左翼にしてヒューマニストというイメージで通っている氏にとって、本作には消し去りたい過去というか、「そのころ」の在りのままの自分が描かれている為に、それを世間に晒すことに畏れにも似たような感情を持っていたからかもではないでしょうか。大きな邪推かもしれませんが。
大岡昇平氏や日野啓三氏、そして三島由紀夫氏などの、日本の戦後期の作家に顕著な「虚無(内的廃墟)」というものがひしひしと感じられましたが、それぞれの作家においてその思想はそれぞれに弱冠の差異が見受けられるので、読み比べてみると面白いように思います。本作においては、水村宏紀のグロテスクな行動ないし思想と、最終部の「神はいないからいないのです」という抽象的な表現が、言わばニヒリズムを超えたニヒリズムとでも言い得るものを顕在化させていて、ヒンヤリと身が震えるほどの精神の零度を感じさせられました。
いずれにせよ、この生々しさは、実際に戦時期を生きた人にしか表せないものであり、そしてその時期に生きた人にこそ、持ち得る思想なのであろう。また、莫大な読書量を誇る筆者だけに、文体は色気と艶があり、かなり独自で、語彙も豊富で勉強になった。