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精神の哲学・肉体の哲学  形而上学的思考から自然的思考へ
 
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精神の哲学・肉体の哲学  形而上学的思考から自然的思考へ [単行本]

木田 元 , 計見 一雄
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 1,995 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容説明

精神=理性の展開としての哲学を批判する。プラトン以来の超自然的原理を前提とする思考はニーチェ以降批判の対象となっている。精神=理性を軸にする哲学から身体の主題化へ、哲学の新たな可能性を追求。

内容(「BOOK」データベースより)

プラトン以来スコラ~デカルト~カント~ヘーゲルと哲学の探究の中心はつねに魂・理性の在り様をめぐってであった。貶められていた感覚・身体はしかし、十九世紀末人間諸科学の大転換以降、マッハ、ベルクソン、フッサール、メルロ=ポンティなどによって大きく主題化され、さらにアフォーダンス理論へと展開されている。理性主義から肉体の復権へ、「反哲学」の哲学者と「肉体」を重視する精神科医が、西洋哲学二千数百年の流れを見極める。

登録情報

  • 単行本: 338ページ
  • 出版社: 講談社 (2010/3/11)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 406214946X
  • ISBN-13: 978-4062149464
  • 発売日: 2010/3/11
  • 商品の寸法: 19 x 12.4 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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11 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By ソコツ トップ100レビュアー VINE™ メンバー
形式:単行本
対談だが、基本的には木田氏の考える哲学史について計見氏が教えを請う、という感じで話がすすんでいく。特に前半は、プラトンにおける形而上学的思考の発生の経緯と意義からヘーゲルの絶対精神論まで、世界のモデルとなる超自然的なものを尊び、肉体を蔑視する傾向の強い西洋哲学史の系譜を、アリストテレス系の思惟には一定の評価をしつつ、だがおおよそ批判的に語っていく、という流れである。膨大な知識をもとに哲学史を丁寧にかつ平明に説く木田氏のレクチャーは相変わらず顕在である。
ただ、それだけだと従来の木田氏の著作と大差ないわけで、本書の肝は、精神科医である計見氏が、その西洋哲学の至上価値である「精神」を病んだ人々についてどう考えたら正しいのか、という問題意識から木田氏の思想を参照しているところにある。精神病は「精神」(あるいは心や脳)の病ではなく、運動上の障害ではないかと仮説する計見氏にとって、ニーチェやベルクソンやフッサール以降の、人間の肉体や生活世界にこだわる思索の系譜を追求する作業、すなわち木田氏の「反哲学」の試みは、じっくりと拝聴するに値する、というわけだ。
その計見氏の意図が歴然としてくるのが、メルロポンティについての対話がほぼ中心となってくる後半部である。メルロポンティこそ、知覚(≒)精神と運動(≒)肉体の二分法から抜け出し、運動の中で生起する知覚を、周囲の物質環境と肉体との相応のなかで構成される精神を、自らの思考の主題とした稀有な哲学者であった。その思考の跡は、やがてギブソンのアフォーダンス論を産み落とす、という理解を踏まえつつ、メルロポンティの画期性が改めて確認される。
最後には、同時代の自然科学に伴走する哲学の可能性が検討されている。木田氏はこれには懐疑的というか、文系哲学者の力をあまり信用していないようで、むしろ福岡伸一氏など、自然科学プロパーでありながら哲学的な思索にも才のある人物に期待をかける。もっともな意見なのだが、この点、もう少し文系独自の哲学のあり方も示唆して欲しかったかな、というのが素朴な感想だ。
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2 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By モワノンプリュ VINE™ メンバー
形式:単行本|Amazonが確認した購入
 半年前くらいに読んで、それなりに面白かったもののレビューをまとめられず放置していたのだが、互盛央の『エスの系譜』を途中まで読んでいた時に何だか気になって引っ張り出してきた。それでパラパラとページを捲っていたら、ハルトマンの名前を見つけた。
 メルロ=ポンティまでは科学に伴走していたのに、それ以降の哲学者は科学に目配りすることをやめちゃった。でもそれはもしかすると、哲学と科学が分離したものじゃなくなって、フュージョンし始めたからじゃないかという計見の診断に対し、木田が、哲学が科学に対して有効に貢献しえたのは19C末のマッハ、ベルクソン辺りから第2次大戦直後、せいぜいメルロ=ポンティまでの時期だけだと応じる。そして「本当に1930年代に活躍する生物学者や神経生理学者や心理学者には、シェーラーと、それからもう一人ニコライ・ハルトマン ― われわれが少しバカにしている哲学者なんだけれども ― の影響を受けたと言っている人が少なくありません」と話を進めて、動物行動学も生態学も環境理論も、そこから生まれたんだと説明している(p326)。で、ハルトマンが生物学者に影響を与え得たのは、彼が「一種の階層理論」を展開しているからだろうと推測しているのだが、ここで「階層理論」とよばれているものは、この本ではアリストテレスの系譜に置かれている。
 そうか、「エスの系譜」はアリストテレスまで遡っちゃうのか……という話は改めて考えてみることにして、とりあえず私が言いたいのは、木田元という人は廣松渉とか大森荘蔵とか、最近なら永井均とかのように「〜の哲学」とか「〜の思想」とか名前をつけられて日本の哲学史に項目として立てられるような哲学者ではないけれど、「哲学の事情通」とでも形容すべき学者であって、むしろ肩の力を抜いた対談やインタビューにこそ、あちこちに考えるヒントが埋め込まれている印象がある。
 本書も気軽に面白く読めるが、計見がベランメェにコキ下ろすコネクショニズムなんかにも個人的には大いに関心があるし、最後になってアフォーダンス万歳みたいな雰囲気になるのもイタダケナイ気がした。ま、要するにメルロ=ポンティがエライって話になるんでしょうけど……
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