半年前くらいに読んで、それなりに面白かったもののレビューをまとめられず放置していたのだが、互盛央の『
エスの系譜』を途中まで読んでいた時に何だか気になって引っ張り出してきた。それでパラパラとページを捲っていたら、ハルトマンの名前を見つけた。
メルロ=ポンティまでは科学に伴走していたのに、それ以降の哲学者は科学に目配りすることをやめちゃった。でもそれはもしかすると、哲学と科学が分離したものじゃなくなって、フュージョンし始めたからじゃないかという計見の診断に対し、木田が、哲学が科学に対して有効に貢献しえたのは19C末のマッハ、ベルクソン辺りから第2次大戦直後、せいぜいメルロ=ポンティまでの時期だけだと応じる。そして「本当に1930年代に活躍する生物学者や神経生理学者や心理学者には、シェーラーと、それからもう一人ニコライ・ハルトマン ― われわれが少しバカにしている哲学者なんだけれども ― の影響を受けたと言っている人が少なくありません」と話を進めて、動物行動学も生態学も環境理論も、そこから生まれたんだと説明している(p326)。で、ハルトマンが生物学者に影響を与え得たのは、彼が「一種の階層理論」を展開しているからだろうと推測しているのだが、ここで「階層理論」とよばれているものは、この本ではアリストテレスの系譜に置かれている。
そうか、「エスの系譜」はアリストテレスまで遡っちゃうのか……という話は改めて考えてみることにして、とりあえず私が言いたいのは、木田元という人は廣松渉とか大森荘蔵とか、最近なら永井均とかのように「〜の哲学」とか「〜の思想」とか名前をつけられて日本の哲学史に項目として立てられるような哲学者ではないけれど、「哲学の事情通」とでも形容すべき学者であって、むしろ肩の力を抜いた対談やインタビューにこそ、あちこちに考えるヒントが埋め込まれている印象がある。
本書も気軽に面白く読めるが、計見がベランメェにコキ下ろすコネクショニズムなんかにも個人的には大いに関心があるし、最後になってアフォーダンス万歳みたいな雰囲気になるのもイタダケナイ気がした。ま、要するにメルロ=ポンティがエライって話になるんでしょうけど……