三十作をこえるあたりから、マンネリ感を感じさせることもあるシリーズの中にあって、久しぶりに素晴らしい出来栄えを見せたのが本作“知床慕情”でした。 寅さんも明らかに50歳を超えているので、昔のように激しい恋に身を焦がしたりハチャメチャな馬鹿さ加減を披露することができなくなってきています。 そうすると、誰か他のキャラクターが巻き起こす騒動に寅さんが巻き込まれるーという展開が必要になってくるわけですが、男にしろ女にしろ、寅さんをふりまわせるほどの存在感をもったキャラクターなどそうそういるものではありません。 その奇跡的な例外が三船敏郎という俳優さんでした。
評論家の佐藤忠男さんによると、寅さんシリーズの底流に流れているテーマとして、日本映画の歴史上、ほとんどありえなかった、女性崇拝の物語を確立する、というものがあるそうです。 昔の日本の男優の多くは女は黙って男に従うものーというスタンスをとっており、ある意味、そういった概念を最も如実に体現している人が、数々の黒澤作品で“サムライ”を演じてきた三船敏郎だったという(別に三船さんが本当にそういう人だというわけではないのですが)説があります。 ところがこの作品において三船さんは、その偉大なキャリアの中で築いてきた“男・三船敏郎”という存在自体をすべてパロッている感すらあり、近年の話題作“グラン・トリノ”におけるクリント・イーストウッドの先駆けを成していると思います。 山田洋次・渥美清という黄金コンビの間に投げ込まれたこのサムライはスターは、喜劇映画においてもすばらしい名演を残してくれました。 必見の作品です。