日本人にとって第一次世界大戦は、アジア・極東地域が殆ど戦闘に巻き込まれなかった事もあり、文字通り「忘れられた戦争」であろう。
しかしながら主戦場であった欧州ではこの戦争によって18世紀以降連綿と続いて来た「旧世界秩序」の崩壊、多民族を抱えたロシア・オーストリアーハンガリーと言った中世的な帝国の崩壊、そして長期間に亘って続いた「国家総力戦」により、連合国側・同盟国側共に経済・社会は疲弊し、それまでの「欧州の強国による世界秩序」に代わって大西洋の向こうにある「新興国」であったアメリカ合衆国によるヘゲモニーの奪取とそれに続くアメリカによる世界新秩序の構築…と、第二次世界大戦を経て20世紀後半から現在に至る世界の構造が、実はこの戦争を契機として形成されているのである。
又、この戦争の原因についても、バルカン半島をめぐる欧州各国の思惑がサライエヴォ事件を引き金として臨界点に達したと言うのが昔から定説として唱えられているが、確かにバルカン半島をめぐる情勢は第一次世界大戦の重要な背景をなし、サライエヴォ事件がその重要なポイントとなったのはまぎれもない事実としても、戦争そのものの勃発については、当時の戦争当事者達の言動にも表れている様に、当事者達の誰もが戦争を望まなかったにも拘わらず、相互の些細な”ボタンの掛け違い…判断の齟齬や強迫観念の連鎖によって引き起こされたものである事が伺える。
翻って10年後の現在、21世紀の初頭を生きる我々に、これらの事実・事象を当てはめてみると、現代の我々が嘗ての過ちや齟齬を全く犯さないという保証は何処にもない事に気付かされる。
現在もアフガニスタン・イラン・パレスチナ等の国や地域は、100年前のバルカン半島と同様、紛争の火種を抱えており、朝鮮半島には大国(中国)の影がちらつく。現代の我々が100年前の欧州の戦争当事者より賢い選択が出来るか否かは疑問である。