生命現象・自然現象――人知を越えた壮絶な混沌――に接したときに生じるオソレの感情が〈聖〉と〈賤〉であり、〈聖〉と〈賤〉はふたつでひとつ、いわば表と裏の関係である。本書を手に取り、「竹」の〈聖〉なる面と〈賤〉なる面について読みすすむうちに、こころのなかで〈聖〉と〈賤〉の区分けが揺らぎ始める。レッテル張りして遠ざけていた、人知を超えた壮絶な混沌のなかにわたしもいるのだ。竹細工をなりわいとする人々の生活や歴史について知れば、もう逃げられない。差別とは何かと考えざるを得ない。姫を手に入れようとした貴族が実在の人物であったこと、帝(天皇)の求婚さえも断り、姫は月に帰ったこと等などを指摘し、民衆のカタルシスとして「竹取物語」を読み解いた論考はさすが。「差別され抑圧されている民衆が文化を産み、支配者はそのウワズミをすくいとっているだけ」という沖浦民俗学のテーゼが「竹」をキーワードにあますところなく展開している。