「国レベルでの競争力をいう場合、唯一意味のある概念は生産性である」。
この下巻は、「国の優位性」「クラスターと競争」「グローバル企業に学ぶ勝ち方」「多くの立地にまたがる競争」という構成になっている。上巻よりは厚みがあるが、非常に興味深い内容である。特に、国の優位性とクラスタに対しての解説は白眉である。例えば、本書が書かれたときは中国はそれほど有力な国ではなかったが、ここに書かれているクラスタ理論の解説は、その後に発展した広州や深センなどにもほとんど当てはまるように読める。
また、「そもそも、国として競争力を高める狙いは、自国の労働者により高い賃金を提供することのはずだったのではないだろうか」というような指摘は、格差やワーキングプアや貧困の問題がクローズアップされる現代の日本において、はっとさせるものがある。
上下巻を通してつくづく思うのは、真の競争力というのは、単一の要素によって成り立つものというよりも、国家戦略やインフラなども含めた非常に複合的な要因や関係や相互作用によって、また様々な階層が関係して実現されるものだということだ。その点をまず通して理解してから、最初の方に書いてある「グローバルな競争が激化する一方の世界において、国の重要性は、減じるどころか、ますます高まっている」というポーター教授の指摘を改めて読むと、ほとんど10年前に書かれたとは思えないその洞察力の深さに強い感銘を受ける。
ちなみに、最後の第5章のタイトルは「資本の損失」であり、副題は「米国の投資システムの破綻」である。「米国のシステムが抱える問題は、主として自業自得によるものである」「全体としてみると、米国の資本配分システムが米国経済に大きく貢献しているとは言い難い。システムに参加している者も満足していないし、お互いに問題の責任をなすりつけあっている」というのは、米国発のサブプライム問題で世界が揺れている今読むと、独特の感慨が湧いてくる。