司馬遼太郎が三十代に書いている作品ということに驚く。
彼は、平等に与えられた一日の時間をどのように使っていたのか。
四十をだいぶ前に経過してしまった自分としては、その辺がまず先に気になってしまう。
さて、作品の中身だが、昭和30年代に書かれたとは思えないくらいにみずみずしい感性とゆるぎない人物描写、文章のリズム、テンポがよく、読み進めるのが途中でもったいなくなるくらいの満足感を与えてくれる。
他の作品と比べてみても、この『龍馬がゆく』は作家のまだ落ち着ききれないエネルギーが注がれているのか、川のせせらぎのごとく清らかで安心して読み続けられる。ややもすれば、竜馬の劇的な最期にスポットを当てたくなるところを、大げさな構えもせず、史実歴史の妙とでも言わんばかりに淡々と描写しているのは、作家の性格的な潔さと見受ける。
歴史の大河の底に埋もれかけていた、一人の志士の生き様を通して、太平洋戦争へと導かれる日本の弱き自由主義の顛末を、予測させてくれる。
竜馬が生きていたなら、戊辰戦争は起こらなかった、西南戦争は回避された、しいては陸軍の暴走を防げたかもしれない。・・・が、歴史はその主流となるうねりをひとりの人物には託さない。
龍馬が亡くなって150年近く。
彼の考えた自由、平等、を未だに未消化のまま生きている。彼が訴えた世界は到底ありえない世界なのか、ジョン・レノンの『イマジン』の中に描かれている世界と同様、我々人間は到達できない世界なのか・・・。
命をつなぐために、これから何をすべきなのか、この本の中にそのヒントが隠されているような気がしてならない。