龍樹の『方便心論』は、1)基本的な論の組み立て方、2)論に負ける原因、3)正しい論の述べ方、4)論に勝つ方法、という4章からなる。『方便心論』が『アングッタラ・ニカーヤ』に基づくという著者の指摘が本書を読むきっかけとなった。その指摘は上記1)で示される。
著者は『アングッタラ・ニカーヤ』から、“討論を通じて、ともに語るに相応しい相手を知るための、A)比丘の心構え方法と、B)比丘の論議方法、および、C)推論によって心の解脱に至ることを説く三つの偈頌を引用する。それが本当なら興味深い。
ただ、本書を読む上で注意すべきことがある。一つは、『アングッタラ・ニカーヤ』の成立時期がアビダルマの登場した時期と推定されていることである。本当に釈尊の説かれた偈頌と断定できるのだろうかという心配がある。もう一つは、討論が言葉の次元にとどまる限り、曖昧な言葉の限界が無益な論争に発展することは不可避だという心配である。
『アングッタラ・ニカーヤ』では“討論を通じて、執着を離れ心の解脱がある”と述べているが、それは討論のことを述べているのではなく、比丘が「聖黙」と「法談」を識別できることの価値を述べているようにも思えるのである。