本書は受験の歴史でなく、受験生の歴史である。受験の歴史といってしまうと、受験産業の歴史か、受験対策の変遷史みたいなものになってしまう危険性がある。「生」の一文字をつけることにより、受験そのものより受験を受ける受験生、そして彼らを巡る社会の変化を主題とした歴史を描くことが可能となった。
戦前の受験生はまさに苦学の存在である。
受験生という文化がブルジョワでなく、プチブルジョワの文化を繁栄しているというのも面白い。戦前の受験は立身出世への階梯の第一歩である。身分制とまで行かなくとも親から受け継いだハビトゥスや文化資本が占める位置が大きい、暗記重視の試験であることなどは、中国の科挙にも繋がるものがある。戦争とまで形容される受験が日本、韓国、台湾などで熾烈だが、欧米ではそういったことからみても、日本の戦前型の受験とは東アジア的な要素を色濃く持っているようにも思う。
本書では昭和40年代を境に学校をめぐる価値観が変化し、受験へのまなざしも変わっていったと述べられている。
丁度この昭和40年代という高度成長期をくぐり抜けた時期、中流層の形成と共に社会が大きく変わったことは他の教育社会学の著作でも広く述べられている。
それは戦前から続いていた学校の特権的地位の消滅である。
経済状況の好転と共に大学へのアプローチが容易になり、大学生が増加したと同時に大学というブランドの絶対的地位の低下を招いたのは皮肉でもある。
そんな社会史の側面以外にもネタ的に面白いものも多く見られた。
受験雑誌の記事からは当時の受験生の生々しい苦労の側面が窺えた。勉強しないといけないと思いながらも出来ない、計画は立ててみるが計画通りには行かない、数々の誘惑との戦い・・・今も昔も受験生は同じであるなあ。また、旺文社がこんなに昔から通信教育をしていたという話も意外であった。