理路整然と正論を述べているくだりもあって、共感できる部分もなきにしもあらず。
が、しかし、『でもね、あんたがそんな大口たたくのは千年早いよ!』と言い返したくなる本。
全編に渡って、自分以外の落語家に対する悪意に満ちたとげとげしい記述に終始する。
そして、その一方で立川志らくという落語家がいかに優れているかをしきりに強調し続ける。
どうやら著者は自分こそが立川流の正統なる継承者であり、そもそも他の弟子達とはモノが
違うとおっしゃりたいご様子である。
立川志らくという落語家が入門以来人一倍の努力を積み重ね、落語の何たるかを追及し続けて
きたのは事実であろう。
師匠からも一定の評価を得て、落語界でもある程度のステイタスは手中にしているのだろう。
しかしながら、真剣に落語に取り組む姿勢が感じられないからといって、自らの弟子達や他の
落語家達を、しかも人によってははっきりと実名を明かした上で、著書の中でこきおろすとい
うのは果たしていかがなものか。
そういった人達に苦言を呈すること自体を否定するつもりはないのだが、直接本人に言えば済む
はなしである。
著書の中で一方的に誰かを攻撃するという一番卑怯で陰湿なやり方は間違ってはいないか。
志らくの文章を見ていると、そこにあるのは志らく以外の落語家を冷たく蔑む視点のみであり、
師匠として、また同じ落語家としての敬意や寛容さや愛情は全く感じられない。
私に言わせりゃ、そもそも志らくの落語なんて客から金をとって聴かせるような代物ではないのだ。
それこそ、談春や志の輔とはモノが違うのである。
確かに、志らくワールドと呼べる独自の世界の存在は認めよう。
しかし、そこにあるのは、聴き取りに苦労する早口と数多くのお寒いギャグにより無残に破壊
された古典落語の残骸なのである。
彼の価値観に合うように無理やりアレンジされた古典落語は一部のマニアには受けるのだろう。
だが、真に落語を愛する私にとっては落語に対する冒涜行為以外の何物でもない。
そんな志らくが、他の落語家の悪口と自らがいかに優れた落語家であるかのアピールを延々書き
連ねたのがこの本です。
読み終わったあとに不愉快な気分を味わいたい方はぜひご一読を!