まず、学園紛争の史的なまとめなどどこかの斜陽政党の公式見解で公平でない。成熟した見方を期待して買ったが、相も変わらず大本営発表で白けきった。まず立命館の60年代のそれなりの多様な豊かさが、鈴木氏もコミットした「学園民主化」なるものによって70年代の貧相な学園をもたらした。これをなんとかしようとしたのは、まずは評価していいが、どうしてそれがK理事長の暴走になってしまったのか。このメカニズムは鈴木氏のようにK氏の変質でなく、立命館「民主化」そのものの構造を分析しないといけない。
K理事とそれに続く暴走への批判は、文字面では正論ではあるが、最悪の戦犯はK理事長でもそれに続くN理事などでもさらさらなく、「立命館民主化」のプロセスそのもの、そして鈴木氏ご本人ではないですか。