1952年の作品。
1時間20分程の地味な作品だが、役者、脚本、音楽がすばらしい。傑作。
悲喜こもごもという感じの作品でした。
日々の生活の些事(と言っても結構大きな変動だが)が魅力的に描かれている。光子の保険金に群がる親族。一家の間で生活の澱が沈殿していく様子がリアルで生々しい。戦後の復興期にはこういった風景が、ここそこで見られたのだろうか。
光子に同情する清子はそんな家族に嫌気が差す。そして2階に住む苦学生に憧れを抱く。彼女は学び直したい意思があるのだ。
それを母に告げる。
「わたしもう一度勉強したいわ」
「あんたねぇ、数えで23だよ」
というあたりに彼女のそして当時多く居たであろう彼女と同じような女性の置かれた状況が端的に描かれている。
清子という役を高峰はうまく演じている。「現代」に生きたいのだけど、いろいろなしがらみがある故に生きられない、中途半端な女である(バスガイドは当時の花形だと思うけど)。『流れる』でそれは一層強く現れている。置屋に生まれながら、芸妓にもなれずかといって手に職もない、中途半端な女性である。もうひとつ共通しているのは結婚への忌避である。男を汚いものだと思っている。あと、この人は誰かに反発というかツッコミ、悪態を言う時がすごくいい。「いやぁーねー」と眉をひそめながらやり込めたりするなんて言うのは得意中の得意なんだろう。
三浦光子、中北千枝子は上手い。村田千栄子は欲に駆られた女を熱演。小沢栄太郎は闇で這い上がった、あくの強い男を嫌らしくやっている。これは絶品。浦辺粂子もちょっと凄い。
小沢と全く逆なのは清子の身内の男たち。自らの力で這い上がれない。女たちはみな必死で何かをしようとしている。そういったグラデーションがこの作品に味を与えている。
はっきりいって最期まで暗い話ですが、終わりまで観るとなぜか元気が出てくる不思議な作品。多分音楽がすごい効いてるんだと思う。久々に音楽の力を再確認しました。
香川京子がピアニスト志望の女性で出てきますが若い。高品格はバスの運転手、あの面影はまだないです。とにかく若い!
それからバスガイドのしゃべり方。今は普通ぽくなって来たけど、「職業上の独特のしゃべり方」のひとつだったわけで。昔のテレビ番組では女性ナレーターが妙に高貴な喋りをしてるけど、それにも通じる。