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稲の日本史 (角川選書)
 
 

稲の日本史 (角川選書) [単行本]

佐藤 洋一郎
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

日本の稲作はどのように始まり、広まったのか? 定説を覆し、真相に迫る!

稲作は、弥生時代に始まったのでもなければ、渡来人によってもたらされたわけでもなかった。植物遺伝学の立場から、「縄文稲作」の実態に迫る!

内容(「BOOK」データベースより)

縄文遺跡から次々に見つかるイネの痕跡は、この時代、現代の水稲(温帯ジャポニカ)とは異なる熱帯ジャポニカの稲作が、多様性溢れる方法で営まれていたことを物語る。弥生時代に水稲が渡来した後も、水田稲作は一気には普及しなかった。日本人が稲作にもつ「見渡す限りの水田」というイメージは、近世以降推し進められた画一化の結果であることを明らかにし、縄文稲作の多様性がもつ意味を、今日的な視点でとらえなおす。

登録情報

  • 単行本: 197ページ
  • 出版社: 角川書店 (2002/06)
  • ISBN-10: 4047033375
  • ISBN-13: 978-4047033375
  • 発売日: 2002/06
  • 商品の寸法: 18.8 x 12.6 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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形式:単行本
 農学者が最新科学を駆使して、稲の古代史の定説に挑戦する意欲作です。
 主な論点は(1)縄文時代にも稲作はあった(2)弥生時代は縄文稲作と水田稲作が並存していた、というものです。
 (1)については、プラントオパールに着目します。プラントオパールとは、イネの葉に備蓄された珪酸体の発掘物のことです。イネの葉は消滅しても、土中から珪酸体がみつかれば、イネの葉が存在したことが証明される。つまり、イネが栽培されていた可能性があるということになります。
 ただ、縄文水田の遺跡がみつかっていないことから、縄文稲作は焼畑農業だったのではないかと推測します。そして、栽培されたのは、海上ルートにより渡来したした熱帯ジャポニカであったのではないかと推測します。もっとも、これらは、「最新科学により立証」したものではなく、「推測」の域を超えないようです。
 (2)については、葉緑体のDNAに着目します。弥生時代の水田遺跡の炭化米の葉緑体DNAを調べてみると、少なからぬ割合で熱帯ジャポニカが混在していることが分かったというものです。ただ、水田で熱帯ジャポニカを栽培することは可能で、「水田には、その集約的な栽培にあう水稲を植えるほうがずっと合理的」というだけでは、根拠としてはやや希薄だと思われます。もちろん、著者は、それ以外の論拠を挙げて立証を試みています。
 以上のほかにも、水稲の渡来経路について、SSRのタイプ分析から、朝鮮半島経由説も直接伝来説もどちらも正しかった、と指摘するなど、興味深い話が多く紹介されています。
 科学者が語る古代史という、面白い視点からの歴史読み物だと思います。
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形式:単行本
著者は、遺伝子研究の専門家、アジアの現地調査を重視。日本のコメ・稲作は世界の稲作の中では異質であり、「日本のコメ=ジャポニカ=水稲=水田」というのは、日本の稲作史上の一形態に過ぎないと喝破。

コメには、ジャポニカ(東・南アジア)とインディカ(南アジア)があるのは、よく知られたこと。

著者は、ジャポニカに、熱帯ジャポニカ(陸稲・焼畑)と温帯ジャポニカ(水稲・水田)があると指摘。

縄文時代に渡来したイネは、熱帯ジャポニカなので、プラントオパールは見つかっても、水田の遺跡は見つからないだろう、と分析。さらに、弥生時代に渡来した、温帯ジャポニカも、荘園記録などから、全国に広まったのは200年前、と予測する。

また、東南アジアの現地調査により、焼畑の反収は200−300kgで意外と高い、と指摘する。
(水稲で化学肥料を多用する現在日本では500−600kgを超えるが、陸稲で有機栽培だと、焼畑と同程度。あるふぁ補足)

著者は、水田=土地・国家に縛られた画一的農業、焼畑=縛られない多様性を許す農業、との発想を披露。

非常に興味深く読めました。
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