本書は1920年代、ヘミングウェイがパリ生活を送っていたころのいわば雑記のようなものを集めたもの。最初の妻ハドリーと結婚し、ガートルード・スタインの有名な言葉「あなたたちはみんな堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)なのよ」というが生まれ、処女長編『日はまた昇る』を書き上げるまでの日々だ。脚注にもあるがこのときの生活が処女長編の原動力となったと考えていいのだろう。
小説論、作家論について。その中でヘミングウェイにも当然あった下積み時代の心境が率直に綴られている点は読み応えがある。たとえば美術館で絵を眺めながら、「自分の作品に奥行きを持たせようと努めていたが、そのためにはただ簡潔な真実の分詞を書くだけでは足りない」(p25)などとつぶやいてみたりする。ひとつひとつは本当にシンプルな文章で、それこそコーヒーでも飲みながら読み進めたいくらいに気分よく読むことが出来るのはヘミングウェイの文才なのだろう。
パリでの生活を彩るのは美術館や競馬場と言ったアクティビティーや街並みや雰囲気と言ったものでもあるけど、前述したガートルード・スタインはじめ周りの友人知人の存在は欠かせない。画家のエズラ・パウンド、ロスト・ジェネレーション世代の作家スコット・フィッツジェラルド、シェイクスピア書店を営むシルヴィア・ビーチなど個性的であり歴史的な面々が並ぶ。後半のフィツジェラルドとの旅行譚は実に面白い。彼らは精力的でパリをそれなりに満喫しているように思える描写があるが、ネガティヴな描写も少なくはない。パリの街そのものについても言及する場面がいくらかあるが、常に好意的というわけではなく、パリの持つ光と影のようなものを感じることができる。
秩序化された現代ではヘミングウェイやその周りの友人知人たちはより一層生きづらいに違いない。当時だってそうだったのだから。それを許すというか、そういう生活も許容してしまう街がパリだったのだろうか。ヘミングウェイが下積みの時代の苦労と喜びを共に味わった時期に過ごした街。それが当時のパリだった、と。故郷のアメリカではなく。