登録情報
|
類似した商品から提示されたタグ(詳細)関連タグ(この商品に近い関連キーワード)を追加する++最初のタグになります
|
|
あなたの意見や感想を教えてください:
|
||||||||||||||||||||||
|
最も参考になったカスタマーレビュー
9 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
パリの穏やかな日々,
By バーニング (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 移動祝祭日 (新潮文庫) (文庫)
本書は1920年代、ヘミングウェイがパリ生活を送っていたころのいわば雑記のようなものを集めたもの。最初の妻ハドリーと結婚し、ガートルード・スタインの有名な言葉「あなたたちはみんな堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)なのよ」というが生まれ、処女長編『日はまた昇る』を書き上げるまでの日々だ。脚注にもあるがこのときの生活が処女長編の原動力となったと考えていいのだろう。小説論、作家論について。その中でヘミングウェイにも当然あった下積み時代の心境が率直に綴られている点は読み応えがある。たとえば美術館で絵を眺めながら、「自分の作品に奥行きを持たせようと努めていたが、そのためにはただ簡潔な真実の分詞を書くだけでは足りない」(p25)などとつぶやいてみたりする。ひとつひとつは本当にシンプルな文章で、それこそコーヒーでも飲みながら読み進めたいくらいに気分よく読むことが出来るのはヘミングウェイの文才なのだろう。 パリでの生活を彩るのは美術館や競馬場と言ったアクティビティーや街並みや雰囲気と言ったものでもあるけど、前述したガートルード・スタインはじめ周りの友人知人の存在は欠かせない。画家のエズラ・パウンド、ロスト・ジェネレーション世代の作家スコット・フィッツジェラルド、シェイクスピア書店を営むシルヴィア・ビーチなど個性的であり歴史的な面々が並ぶ。後半のフィツジェラルドとの旅行譚は実に面白い。彼らは精力的でパリをそれなりに満喫しているように思える描写があるが、ネガティヴな描写も少なくはない。パリの街そのものについても言及する場面がいくらかあるが、常に好意的というわけではなく、パリの持つ光と影のようなものを感じることができる。 秩序化された現代ではヘミングウェイやその周りの友人知人たちはより一層生きづらいに違いない。当時だってそうだったのだから。それを許すというか、そういう生活も許容してしまう街がパリだったのだろうか。ヘミングウェイが下積みの時代の苦労と喜びを共に味わった時期に過ごした街。それが当時のパリだった、と。故郷のアメリカではなく。
7 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
晩年のヘミングウェイによるパリ時代の回想,
By
レビュー対象商品: 移動祝祭日 (新潮文庫) (文庫)
本書は、ヘミングウェイ自身がパリ時代を回想した事実上の遺作となった作品です。新潮文庫版は、高見浩氏が新たに訳した新訳となります。ヘミングウェイは、1961年に自殺する直前までこの回想記を書き続けていましたが、完成を待たず、死後メアリー夫人の手によって刊行されました。作品は、ヘミングウェイがパリに住んでいた1921年から1928年の思い出を、短い章仕立てにして綴っています。パリ時代のヘミングウェイは、まさに20代で、ほとんど無名に近い、野心に満ちた若者です。そして、この時代のパリは、文学、音楽、美術など芸術の中心地でした。ここで若者ヘミングウェイは、時代の寵児となる芸術家たちと交際し、自身も傑作を発表していきます。そこでの暮らし、さまざまな人々との触れ合いが生き生きと描写されています。回想記でありながら、それぞれが短編小説のように作られているので、連作短編集のようにも読み取れる仕組みになっています。特に、「サン・ミシェル広場の気持ちのいいカフェ」「セーヌの人々」「偽りの春」といった章は、短編小説として読んでも楽しめます。あたかもパリ時代のヘミングウェイが復活したかのように。パリ時代に交際した人々との回想も興味深い、特に画家のパスキン、詩人のエズラ・パウンド、就中、作家のフィッツジェラルドには3つの章を使ってかなり詳しく述べています。各章の末には、訳注があり、参考になります。ヘミングウェイを知る上で重要な作品に間違いなく、1920代のパリのアートシーンを垣間見ることができる希有の書とも言えると思います。
5つ星のうち 5.0
独特の悲しみが、つたわってくる珠玉の一冊,
By
レビュー対象商品: 移動祝祭日 (新潮文庫) (文庫)
この本はへミングウエイが、自殺する61年に原稿の最終チェックをしたものを読んでいるらしい。本編も充実しているが、高見浩の解説がすばらしい。 これは、一面彼の最初の妻、ハドリーが主役の物語でもある。確かにヘミングウエーの創作に対する、すさまじい意欲は本人のいうとうりだろう、しかし、一面、それを支えた人達のことも忘れてはならないだろう。ハドリーが支えたパリでの生活、それが移動祝祭日なのだとしたら、ある友人に伝えたこの移動祝祭日は、ヘミングウエーだけのもであり、たとえ若くしてパリで暮らすことがあっても、万人に祝祭日は ついてまわらないだろう。 サン・ミシェル広場の気持ちのいいカフェで出会う美しい女性の一説も、それほど、つまり福田哲也氏がいうほど、感心したはなしでもない。 貧乏であることと、貧乏を装うこととは天と地ほどの差があるのだからだ。高見氏がいうのが正しければ、二番目の妻からだって、相当えられたものがあるはずだ、それは、フイッツジェラルドからも、充分にあったはずなのに、この本ではまるでお坊ちゃま君あつかいだ。 結局、酒と女と薬とハンターにあけくれた、マッチョなじじいの悲しい思い出話なのだが、唯一、ハドリーに対しての最後の電話。この なかで、いいたかったこと、彼女と過ごしたパリでの素晴らしい生活。ハドリーは100日たっても別れる気持ちが変わらなければ、離婚に 同意する、なんと言う彼に対する愛情だろう。しかし、別れなければ次の名作は生まれていない。そのことを、二人とも知っている。 わたしには、これほどの愛情深い女性を棄ててまでの彼の作品を評価することができない。この本は、そのこと事態を赤裸々に記述した まぎれもなく、彼の作品のなかの珠玉の一品である。
あなたの意見や感想を教えてください: 自分のレビューを作成する
|
最近のカスタマーレビュー |
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|