Virtual Reality系のメディア・アートが進化を本格化させた90年代末、テクノロジーの進化がもたらした従来の現前感=「いま・ここ性」を外れた表象/感覚体験を扱ったICC展示企画の副読本が本書である。問題は、この「いま・ここ性」を超えて仮想空間という「あちら側」が知覚できるようになったことが、オカルト好きの伊藤俊治にかかるとシャーマニックな心霊空間/コスモスを知覚できることのアレゴリーになってしまうことにある。そういうデジタル・ニューエイジな話にハマれる人は今の時代でも参照の価値はある記録本になるだろうし、そうじゃない人には余り面白くない本だろう。(そもそも、討論に参加した宗教学者の植島・中沢両氏が、企画タイトルに反して、聖地の条件の1つは移動しないことにあると言明しているのに僕はずっこけた。)なお、この企画展は当時僕も見にいったのだが、ここで展示されていた当時の先端作品のコンセプトが、現在もろGoogle Earthにより実現されていることに隔世の感を持った。
「今・ここ」に存在しない客体を仮想体験できることに留まらず、客体からの反響の結果、主体がどのように変容するかということが本来より重要だったはずである。論者の一部もそのようなことを指摘しているが、「あちら側」とのチャネリングの話が大好きな論者達に引きずられ、どの対談もそこの話が煮詰まらなかった感がある。
個人的なオススメは、実は余りこのテーマに呼ばれる必然性の薄かったジョアン・フォンクベルタの参加したセッションです。彼が率直に作品コンセプトを語った日本語情報は貴重なので、実は本書の隠れた目玉企画になっていると思います。