絶世の美童として、時の最高権力者である二人の男からの寵愛を一身に浴び、わが世の春を謳歌していた世阿弥の青年時代と、新将軍にうとまれ、実の甥に一座の人気もさらわれて、72歳で佐渡島へ流刑にされた過酷な最晩年のコントラストが、流麗な日本語で淡々と描き出される。言葉の美しさもさることながら、85歳の出家した女性の筆とも思われない匂い立つような上品な色香が感じられて、さすがに戦後日本文学で奮闘してきた寂聴さんだと、改めて感服させられる。
特に後半、それまでの世阿弥の独白が、佐渡島で彼の死をみとることになる女性、沙江の独白に転調されるところが、物語をさらにドラマティックなものにしている。聴力に次ぎ視力も失い、黙想に明けくれる静寂の日々。生き抜いてきた歓喜に満たされ、天へ召されていく時を待望する世阿弥の姿は神々しいほどに美しく、彼の最期は本当にこうしたものだったのかもしれない、と胸が熱くなってくる。