現在,多くの人が「科学」から目を背けているが,これは本人にも社会にも利益をもたらさない。したがって,「科学的」な態度を身につけた方が良い。というのが本書の趣旨である。
本書でいう「科学的」とは要するに, "合理的に考える" ということである。そんなことなら,言われなくても分かっている―そう言い切れるかどうかは人それぞれだろう。だがたとえば,誰もが一度は疑問に抱くであろう,
「鳥はどうして飛ぶことができるのか?」(p.121)
を説明できるだろうか。ネットでなんでも調べられる時代にあっても,このことを十分に説明したサイトは存在しない(p.127)。
このように,我々が本当に「考えて」いるのかは疑わしい。しかし一方で,「それのどこがいけないのか」と開き直ることもできるかも知れない。たとえば以下のように。
・忙しいのに,なんでも「考えて」ばかりもいられない
・難しいことは専門家に考えてもらうのが,社会的分業というものではないのか
・そもそも,科学や技術は人が楽をするために(考えずに済むように)発達してきたのではないか
・医師の「病気を診て患者を見ない」の例にあるように,科学的に考えることで人間らしさが失われるのではないか
このような疑問に対する回答も,本書の中に示されている。
本書は結構売れているようである。理由の1つは,シンプルに書かれているからだろう。しかしだからといって,内容が浅いとか易しいというわけではない。たとえば,本書の中に頻繁に登場する「文系/理系」にしても,一義的ではない。少なくとも以下のような3つの意味
1. 学問分野としての文系・理系
2. 算数・物理を避ける人(文系)と,そうでない人(理系)
3. ある人の興味関心に着目したときの文系らしさ・理系らしさ
があって,混同すると,著者が何を言っているのか分からなくなる。
非常に気になった点を1つだけ。103ページ以下で引用されている『
喜嶋先生の静かな世界』の一部分が,出版されているものと少し違う(※)。著者は「自分の原稿からピックアップしたので,もしかしたら書籍と違っている箇所があるかもしれないが」(p.103)と述べているが,これは理由にはならないだろう。1年前に発表された,しかも自分の本の引用である。原典(出版物)に当たることは容易だった筈だ。いったい,いつからこんないい加減な本作りをするようになったのか。
※比較したのは,本書の第3刷と,『喜嶋先生〜』の初版。
※※2011/12/28追記:★4つの評価を★5つに変更しました。最終章の出来があまり良くなかったことが,従来の評価の理由の1つですが,本書の必要性(=読まれるべき本かどうか)は,実はかなり高いのではないかと考えるに至ったからです。一読をおすすめします。