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僕はかつて「科学的であるとは誤りであることが証明可能なことだ」という実に鮮やかなカール・ポパーの議論にすっかり感心してしまったものです。うまい!と膝を打ちましたね。
科学の実際の歴史はポパーの見方のとおりには動いていないとするクーンのこれまた衝撃的な「科学的認識は反証よりも科学者の属するパラダイムの維持を最優先する」という議論も深く考えさせる力がありました。ここから反クーンの科学哲学の本流と、クーンを奉じて勢いづく社会学的な科学論(社会構成主義)との長い戦いが始まるわけですが…
本書はその科学哲学本流の議論の推移と核心をリカちゃんとテツオくんとセンセイの三人の対話形式で鮮やかに教えてくれる本。異常に飲み込みが早い二人の生徒の頭の回転がちと非現実的な気もしますが、三人の会話を丁寧に追えばそれだけでいつのまにか、古くはヘンペルの「仮説-演繹モデル」から最新の「意味論的モデル」までの科学理論の本質をめぐる終わりなき(?)議論の全体像をすっかり理解できた気になること請け合いです。
社会学に慣れると、社会構成主義ってものすごくリアルに感じられてしまうものなので、戸田山氏が本書の一部を割くアンチ構成主義の議論にはちょっと異議を差し挟みたくはなりましたし、しかも構成主義のバイブル『科学が作られているとき』をラトゥールとウールガーの共著と勘違いしておられるし(二人の共著は『実験室生活』です)文句なしではないんですが、それはともかく分かりやすさ抜群であることに一切異論はござりませぬ。
この本を一通り読んで、科学のあり方、考え、そのシステム、批判体系
を眺めることが出来ました。著者は科学的実在論を擁護する立場でいながら
様々なサイドから問題を説明してくれていると思います。
自分は、科学に従事するものとしてこの本を読みましたが、科学をする
人間が科学をとりあえずわからなくてもいいから興味を持って一望すると
いうのに必要性を感じました。
本の最後の方に著者の見解が述べてあります。
もう一歩、科学哲学の本を読む気にさせてくれる本です。
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