科学と国家・産業との結びつきについて歴史的に考察する著書の下巻、第七章から第十二章・終章と注、吉岡斉という人物の解説を収録している。
本文は上巻の内容をうけ、科学者や科学者団体が太平洋戦争期完全に政府の統制下に入っていく様子から、敗戦後に占領軍の統制を受ける様子、主権回復後に再び政府と産業界の意を容れて研究活動を広げていく経緯が、主に行政との関連の出来事を解説していく形で次々に示される。その筆致には科学の営為自体は中立公正で透明であるというような臆説を完全に粉砕する明晰さが宿っている。言外に科学のあるべき姿を問い直そうとする著者の強い意志も読み取れて、ある意味感動的な書物でもある。
一方、巻末には吉岡斉という人が解説を書いていて、前半では著者の廣重氏の生涯や本書の内容について略述してくれているが、後半には廣重氏の議論を批判しだして自分の学説を滔々と展開しているのが、何か読んでいて違和感があった。廣重氏の議論に瑕疵があるのはある程度頷けるが、だからといって強い調子で否定して自分の学説をこの著書の中で披瀝するのはおかしいし、またその学説が廣重氏の議論に比べて魅力がない。自分の議論を「政策論争サークル」の中でも通じるものと自画自賛しているが、読んでいるものからすれば「それがどうした」という程度の話で、廣重氏の散文ほどに伝わってくるものがない。頭が良くて議論も高度なのだろうがその議論の圏外の身からするとただのテクノクラート特有の一典型の議論の型にしか聞こえないし、そんなテクノクラート的な思考に苛立って抗ったのが著者の知的営為だったのだと思う。そんな風に考えさせてくれただけあって、この解説はある意味有意義なものだった。
科学がなぜ批判の的にされるのかの答えの一端が良く表されている著作。