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・科学とは人間が自然の中から現代の科学の方法により抜き出すことに成功した自然像である。(つまり、記述不可な自然現象はいくらでもある) 「事実が科学を作るだけでなく、科学が新事実を見いだすこともあるのである」的な記述が散見され、まさにKuhn流の科学論の萌芽がここに読み取れます。(村上陽一郎著「新しい科学論」などもご参照下さい)
・「分析と綜合」による手法(部分に分けて分析し、あとで分析結果をまとめ全体像を捉える、という方法)で解析可能な自然現象・物質については、科学的手法が有効に使えるが、世の中その手法が適用できない現象にも溢れている。その例として、桜の木と梅の木の見分け方(枝振りで判断できるが、どう数値化するのかが困難)、土器の分類方法(中谷氏の弟の苦労話)などの例を挙げ、生命現象の解析も難しいだろうと主張します。この辺りの氏の思いは、氏の「雪の結晶形」の研究と密接に関係してるものと思います。もし氏が後年、ポランニ─の「暗黙知の次元」や複雑系の科学(chaos, fractal)の発展を知ることができたとしたら、どのような感想を持たれたか興味あるところです。「すでにその萌芽的側面が自分の本の中に書かれてる」という感想を洩らされたかも、と想像します。それだけ時代を先取りした視点が、既にここに現れているのです。
科学の世界には、いつの時代でも「その頂点に達した(→他にすることは残されていない、やり尽くした)」という達成感があるが、その時に、自然の深さと科学の限界を知っていた人達が新しい発見をすることで、科学の新分野を拓いてきたのだ、という氏の主張が、一冊を通して非常に分かりやすく説明されています。科学分野に身を投じている人は勿論のこと、理科系の大学1~2年生にもお薦めしたい本です。
たとえば,あるものの長さを「正しく」測定するということは,どういうことであるか。... 続きを読む
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