岡田茉莉子映画出演100本記念として企画製作された1962年公開の映画。
温泉旅館の娘、新子の17歳から34歳までを描く。
以下、ネタバレあり。
舞台は岡山、空襲で焼けおちた岡山の街に帰りついた河本周作(長門)は結核に冒されている。
岡山を離れる途中、死に瀕した彼を秋津温泉の女中が連れ帰り、旅館の娘新子(岡田)の献身的な看護で命を取り留める。
生きる気力をなくし医者にも見捨てられ、死に取りつかれた周作だったが、新子の活気に満ちた初々しさに惹かれ自殺を思い留まる。
いつしかお互いに惹かれあう二人、他の女性と打算的な結婚した後も時折気まぐれに秋津温泉を訪れる周作、投げやりな生き方を諌めながらも新子は彼を忘れることが出来ないばかりか、待つ身の辛さからいつしかその思いは秀作を上回っていく。かって新子と心中しようとした周作だが「一緒に死んで」と迫る新子に、もはや取り合おうとしない。
自分の人生を翻弄し続けた男への復讐のためか、男の心を永遠に繋ぎとめておくためか、新子はついに死を選び剃刀で切った手首を清流に浸して自らの人生を完結させる。
美しいけれど、執拗に絡みつくような旋律が繰り返される中での、岡田茉莉子と長門裕之の濃密な演技、男への愛は次第にエキセントリックなものへと変貌し、新子の表情におそらく岡田自身が持つ内面の激しさが溢れ出す。
他の女優が演じていれば演技過剰になっていただろうが、岡田自身の内なる情念にシンクロしたメソッドな演技は説得力を持つ。
周作は軍国主義に走り破滅した日本を、新子はそれに翻弄された日本国民を象徴的に描いているとのことだが、純然たるメロドラマとしても見ごたえは十分だ。
成瀬の「浮雲」の端役時代から大きく成長した岡田茉莉子、現在の日本映画界に当時の岡田のキャラクターに匹敵する女優はいない。
演出にやや古さを感じるものの、岡田が日本映画史上希有の女優であった証しとして記憶されるべき映画だ。
袋小路のように閉じられた耽美な作品世界は、「名作」などという月並みな評価を許さない高みにある。