50歳になる富永重雄は、離婚し、仕事にも展望を見出せない生活の中で、学生時代に打ち込んだフルートの練習を再開する。やがて、楽器店に勤める明美という女性と知り合い、親しくなっていく富永。しかしある日、見知らぬ男と肩を並べる明美を見かけ、強い嫉妬を覚える(「シチリア舞曲」)。10編に登場するのは、女性との年齢差や社会的立場という現実を前にして、歯がみ、煩悶する主人公たちである。そんな中高年の男性心理を、著者は終始、穏やかな筆致でつづっていく。
しかしながら、主人公たちの心の中には、静かな情熱が確実にゆらめいている。それが最も顕著に現れているのが、唯一、恋愛ではなく野球をテーマにした最終話「トロイの干草」である。100年前に存在していたメジャーリーグチームを復活させようと奮闘する男に、著者は「夢は実現させるためにあるんだ」と、きっぱりと語らせる。いずれの物語からも、爽快で、前向きな印象を受けるのは、70才を超えてなお瑞々しい著者の感性と、人生を確信をもって肯定する姿勢が、力強く響いてくるからである。(中島正敏) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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