『本格小説』を読み、自分でも恥ずかしくなるほど感動したので、その感動を持続させるため、同じ作者の『私小説from left to right』を買って読んだ。『本格小説』は、「女中」冨美子が「元編集者」祐介に語った話を、祐介が「作者」水村美苗に語り、その話を水村美苗が小説として書き留めるという三重の入れ子構造になっている。その出だしの「本格小説のはじまる前の長い長い話」が、まさにこの『私小説』で描かれた「水村美苗」のアメリカでの生活と重なっている。最初は、『本格小説』というあの驚くべき小説がいったいどのような背景から生みだされたのかという興味で読み始めたが、そのうちに『私小説』の世界のなかに完全に没頭してしまった。読み終わった後、『本格小説』とはまったく異質のーーしかし、その強さにおいてはまったく変わらないーー感銘を受けた。『本格小説』では、途中までは祐介、そして後になって冨美子に感情移入して読み進むことになるが、小説の語りが三重の入れ子構造になっているということによって、読者は完全には祐介にも冨美子にも同化することはない。だが、『私小説』においては、たとえ作者とはまったく異なった人生経験を送っていたとしても、そして作者のように英語を操れなくても、いつのまにやら作者のモノローグが自分のモノローグのような気がしてくるのである。言語というものが個人を超えてしまうということを、見事なまでに示している。