著者は最近、読みやすそうな新書を次々に出していて、これもその1冊。帯(初版第1刷)にも「才能がなくても書ける。それが私小説。その魅力を説き、『書きたい人』に勧める」とあって、名誉毀損なんて気にするな、下手な小細工はせずにありのままを書け、自分の情けなさを曝け出してナンボ、などと背中を押している。巷で「小説の読者より多い」とも噂される「書きたい人」市場を狙った1冊なんだろうと思う。私も気楽な読書を楽しませてもらったが、やはり中村光夫を論じた第3章が面白かった。
中村については『
風俗小説論』は面白かった記憶があるが、他は二葉亭四迷論とか近代小説論とかをチラホラと読んだくらいで、私に特別な愛着はない。本書でも取り上げている蓮實重彦と中村の対談(p99参照)で、蓮實が妙に中村を持ち上げていて、私は自分に教養がないから中村のエラさが分かんないのかな、などとボンヤリ考えていたくらいのものだ。しかし田山花袋と二葉亭四迷、この2人に対する中村の評価の落差を、小谷野は中村の家族史から読み解いており、そういう観点で中村を論じたものを読んだことがなかったので非常に新鮮な印象を受けた。ただ、ちょっと切り方が鮮やか過ぎて、ホントかなという疑念も少し……。
それにしても私が気になるのは小谷野の蓮實重彦に対する評価で、このような本を書く著者が蓮實を快く思っていないのは間違いないと思うのだが、正面から批判した文章はないのではないか? それどころか本書では、蓮實は中村の議論の矛盾に気付いていた人間として登場する(p107)。
私自身の考えを付け加えさせてもらえば、私小説であれ何であれ楽しめればいいワケで、しかしその楽しみの比重が「暴露性」にかかっているとは思わない。テクスト論や構造論が面白くないのも確かだが、この本の議論はやはり後退ではないか……ただし後退であっても、読み物としては楽しく読めた。